「またですか……」



もう何度目かも分からないため息をつく。
愛しい彼女のすることにため息なんてつきたくないのは山々だが、こればかりはどうしてもつかざるを得ない。


何故なら、彼女の手にはボクが見るのも嫌な物が、握られているから。


直視したくないのでさりげなく目線を逸らしているが、最初に見た時に目に写ったのは、オレンジ色。
その色の名を冠す果物でもなく、似た色の南国の果物でもなく、忌々しいあの『野菜』だ。


「どうしたらあなたは、諦めてくれるんですか?」
「ミステル君が飲んでくれたら!」


新鮮なあれを絞って作られたそれからは、ふわりと香りが流れてくる。ああ青臭い。
健康面を気にしてそれを勧めてくる彼女に、姉の姿が重なった。自分の体調を気遣ってくれていることは分かるが、それだけは何をしてでも関わりたくない。
しかし前向きな彼女は……そういうところが好きなところの一つだが……今はそれを少し、少しだけ疎ましく思ってしまう。
目を輝かせて、それを持ったままボクに詰め寄ってくる。きっとボクが頷かなければ、彼女は明日も同じことをするだろう。
ああ、なら、そうだ。


「……そうですね。では、あなたが口移しで飲ませてくださるなら」


我ながらいい案を思いついたと、思わず笑顔になる。
こう言えば彼女はきっと顔を真っ赤にして慌てだすだろう。そうしたらその隙に、話題を変えてしまえばいい。
彼女の可愛らしい照れ顔も見られて、一石二鳥だ。



「……分かった」



と、ボクが内心一人ほくそ笑んでいた、そんな最中。
ボクは一瞬耳を疑ってしまった。彼女の方を見ると思っていたより真剣な表情で、ボクは自分の策が破れたことを知る。
ボクに手を伸ばす彼女の力は流石牧場主をやっているだけあって、情けない話だがボクと五分五分。こういうよく分からない本気を出した時の彼女の力には逆らえず、あっさりと捕まえられてしまった。
近付く顔。ボクをどんどん大きく映していく瞳。触れ合う髪。たった今口に含んだ液体で潤う、唇。

――甘い。苦い。気持ち悪い。

おそらくボクに飲ませる為に色々と工夫をしてくれたのだろう、大分元の味が薄まってはいる。が。
それでもどうしても体が拒否する。鳥肌が立った。吐きそうだ。だけどそれはなんとか抑える。
珍しく積極的な彼女からのキスだとか、もうそんな事を考えている余裕がない。
どんどん口の中は液体で満たされていく。捌け口は一つしかない。なんとかして飲み込む。
ごくん、と、自分の喉から出た音が、やけに大きく聞こえた。


「っふうっ、ねえ、どうだった?
 ニンジン嫌いな人でも飲めるように、色々工夫してみたんだけど」


そうしてやっと解放されたが、ボクは俯いたまま彼女の方を見れなかった。
口を開きたくない気分だ。だからボクは彼女の方に向き直ると同時に、彼女の唇を奪った。

「んんっ!? ん、あ、はぁ、あ」

未だに吐き気のする味を忘れるように、彼女の味を貪る。
まだお互いの口内に残る味がなくなるように、唾液で上書きしていく。口の中が味わい慣れた味になったところで、口を離した。
オレンジ色を消すように舐め尽くした彼女の唇は艶っぽく美味しそうで、少々離れがたい、が。


「な、なん、なに……」
「口直し、です」


当初の期待通りの真っ赤な顔を見せてくれる彼女に、平静を努めて言う。
言えない。予想外の行動に、彼女よりもこっちの方が先に照れてしまったなんて。









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ミステル君と言ったらやっぱり人参はネタにしないとかなあって


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