午後も少し過ぎた頃。
一人の少女が海岸にいた。彼女の手には、釣り竿。
その手に持っているもので、今彼女が何をしているかが分かるだろう。


しかし彼女の容姿は、おおよそ「釣り」というスポーツをするような人間には見えない。


緑を基調とした、フリルのついた洒落たワンピースに、同色のヘッドドレス。
綺麗に整えられた、サラサラと風になびく長い金髪。
そしてまだ幼さの残る、それ故愛らしい顔立ち。
いかにも「可愛い女の子」といった感じだ。


「おっ、えーと……アンタ、リリーだっけ?」
「あっ、マルクちゃんじゃない。おっはよう〜♪ マルクちゃんも釣り?」
「ああ、もう牧場の仕事は終わったからな。しっかし……」
「?どうしたの?」
「『アイドル様』も釣りなんてすんの?」


だから後からやってきた彼が、少々からかい気味にそう言うのも、無理がない事なのかもしれない。










アイドルの趣味

「……なによ、どういう意味?」


彼女――リリーは、後から来た青年――マルクの言葉に、見るからにむっとした様子で返した。
マルクはそんな彼女の様子にも悪びれた様子もなく、


「だってさー、アイドルっていうからもっとこう、買い物だの料理だの、キャピキャピした趣味かと思ってさ」


あっさりと言ってのける。
その言葉に、内心彼女は更に腹を立てた。


なぜならその言葉は、彼女が一番嫌いな言葉だったから。


アイドルだって一応一人の女の子。
そう、だから趣味が意外と普通でも、逆に意外と普通じゃなくても、関係ないはずなのに。
なのに世の中の男は、いくらアイドルが夢を与える職業とはいえ、変な幻想を抱きすぎで。

イメージが崩れるだとか、そんな理由で自分の趣味に文句を付けられるのが、彼女は一番嫌いだった。


「アイドルが釣りしたっていいじゃない! キャピキャピしてなくて悪かったわね!」
「別に悪いなんて言ってねーよ。ただなんかさぁ、こう、釣りなんて出来んのかとよー。
 だってリリーってさぁ、いかにも都会の街とかで遊んでるのが似合うような感じだし」


彼にたいした悪気はないと分かっていても、リリーはもう限界だった。

まだ出会ってから日は浅いが、彼は世の中の男と違う、そう思っていたのに。
何故こんなにも彼は今、自分が一番言われたくないような言葉を言ってくるのだろうか。


彼女は怒りと少しの悲しみを込めて、きっとマルクを睨んだ。


「なによ……なによ……どうしてみんな、そんなことばっかり言うのよ……。
 ……大体、マルクちゃんこそ釣り、できるの?
 リッちゃん、マルクちゃんって牧場の事以外はなんっにもできないと思ってた」
「なんだとぉ!? それじゃオレが単なる牧場バカみたいじゃねーか!?」
「そう言ったつもりだけど?
 それに女の子を見かけで判断するなんて……。どうせ女の子にだってモテてないんでしょ!」


そして彼女がこう言えば、彼もまたカチンと頭にきたようで。
いつしか彼らは眉を吊り上げ、釣り竿片手に睨み合っていた。


「……ほー、じゃあそこまで言うなら、アイドル様の釣りの腕とやらを見せてみろよ。
 言っとくけどな、オレは釣りで一部の生計を立ててるようなもんだ。生活かかってるから、腕には自信あるぜ」


ふいにマルクが少々小馬鹿にした口調で、少々悲しい現実を自信たっぷりに語りながら、リリーに竿を突きつける。
彼女はもちろんそれに応じる。


「リッちゃんだって、釣りが好きな気持ちなら負けないもん。いいよ、勝負しよう」
「ふーん、度胸はまぁまぁあるみたいじゃねーか。
 よし、ルールは簡単だ。今から日が沈むまでに、たくさん魚を釣った方が勝ちだ。いいな?」


その言葉にリリーはうなずき、マルクはそれを見ると桟橋の上に移動した。
彼女も釣り針に新しい餌を付け、準備をする。


「準備は出来たか? じゃあ、スタートッ!」


彼の合図を始まりに、二人ともいっせいに釣り糸を海に垂らす。二人とも真剣な面持ちだ。
こうして妙な釣り対決が、始まったのだった。







そして、数分後……。





「おっ、きたきたぁ!」

マルクの釣り竿に早くもアタリがかかる。

釣り竿を引くと、釣り針には小振りな魚がかかっていた。
彼は釣り針を魚からはずしバケツに入れると、リリーの方を振り向き、

「いやぁ、やっぱりオレの釣りの腕はいつでもさえてるなぁ!」

なんともわざとらしい独り言を叫ぶ。
それに彼女は本日何度目か分からないむくれ顔を披露し、しかし自分の竿からは目を離さずに叫び返す。

「まだはじまってちょっとしかたってないじゃない! まだまだこれからなんだから!」










しかし更に数時間後……。



「おいおいアイドル様よぉ、最初の威勢はどこにいったんだ?」


……どこからどう見ても、勝敗はもう決まったようなものだった。


マルクのバケツには、大小様々な魚が数十匹泳いでいる。
それに対してリリーのバケツには、魚は一匹もいない。
その上日も段々と落ち始めている。

彼女の腕前は、正味な話悪いわけではない。むしろ中々のものだ。
しかし釣りというものは運に左右されるところも少なからずあり、今日の彼女はたまたま運が悪かっただけ。


それでも今ここで負けるのは、彼女のプライドが許さないだろう。
これだけの差があっても、彼女は気丈に振る舞う。


「まだまだよ! 今からマルクちゃんもおどろくような、すごいお魚を釣っちゃうんだから!」
「ははは、それは楽しみだ! まぁせいぜい頑張れよ!」


対してマルクは、リリーの事を完全に舐めている口調である。
彼女はそれにますます腹を立てつつも、じっと釣り糸を垂らして待つ。


すると彼女の願いが神に通じたのかは分からないが、その時。



「……っ!」
「!? リリー!?」



海に引き込まれそうなくらいの勢いで、竿が引いた。

唐突な引きに彼女はバランスを崩しかけ、ぐらりと体が傾く。
それには流石にマルクも見かねて、自分の竿を投げ出し彼女の元へ駆け寄る。

「リリー! しっかりしろ!」
「すっ、すごいのがきたよ……! でもリッちゃん一人じゃ……!」
「落ち着け、オレも一緒に引っ張ってやるから!」
「しょ、勝負は……?」
「んな事言ってられるか! それにどうせオレの勝ちは既に決定済だしな!」


駆け寄ってきたマルクと共に力いっぱい竿を引きながら、はたとリリーは気がついた。
彼は自分が落ちないように支えてくれてる訳で、その上一緒に竿を引っ張っている状態であって……。


……つまり、後ろから抱きしめられているような体制である。


こんな時にとは思いつつも、それでも頬は熱を帯びてしまう。
彼は目の前の大物に必死で気付いてないのかもしれないが、彼女はやっぱり女の子なのだ。
なんだか少女漫画のようなシチュエーション。加えて彼は、まぁ性格こそ気に入らないものの顔は結構美形。
胸の鼓動だって早くなるというものだ。


しかし彼はそんな彼女の心情なんてつゆ知らず。
より一層彼女に寄り添い、引く力を強める。

「リリーももっと引いてくれよ! 釣り好きなんだろ!?」
「分かってるわよ! う〜っ……」
「なんだ、やれば出来るじゃねーか。よし、後少しだ。いちにのさんで最後の一踏ん張りだ!」
「分かった! じゃあいち、にの……」
「「さん!」」


最後のかけ声で、ついに「それ」は陸に引きずり出された。
苦労して引き上げられた「それ」は必ず誰しも見たことがあって、しかしそれは釣りで釣るような魚でなく……。



「……これって……」
「マ……マンボウ?」



そう、彼らの目の前でビチビチと勢いよく跳ねているのは、水族館などで見るマンボウである。

水族館ではお馴染みだが、釣りでマンボウを釣るなどほぼありえない。
予想外の出来事に、二人であっけにとられてしまった。


「マンボウ……だね……」
「マンボウ……ぶっ、ははははっ!」


しかし未だあっけにとられるリリーをよそに、急にマルクが笑い出した。
その様子に彼女が更にあっけにとられていると、


「ははははっ! マンボウを釣っちまうなんて……。すげーなリリー!」


笑いながらリリーの頭をくしゃくしゃとかき回したのだった。
いきなりの事に彼女は驚いたものの嫌な気分はせず、むしろ楽しそうに彼女も笑う。


「きゃっ! ……もう、マルクちゃんったらなんなのよ〜。ねぇ、でもじゃあリッちゃんの事、見直してくれた?」
「ああ、見直した見直した!」
「そう、じゃあさ、もうああいう事は言わないでね?
 リッちゃん、ああいう風に言われるのが大っキライなの」


ふいにリリーが少し悲しげな表情を見せると、今度はマルクがあっけにとられる番だった。
彼は一瞬ぽかんとして、だけどすぐ自分の言ったことを思いだしたのか、


「あー……。いや、別にあれはその、悪い意味で言ったんじゃなかったぜ……?
 だけどその、気分悪くしてたりとかしてたら悪ぃ……」


彼女の頭をかき回すのをやめ、体裁が悪そうに指でポリポリと頬をかく。
その様子に彼女が不思議そうな顔をすれば、


「だってよー、アイドルって大概『お料理が趣味なんですぅ』とか『お買い物に行ってカワイイお洋服を買うのが唯一の楽しみなの♪』って感じのいかにもな趣味ばっかりじゃん?
 なんかああいうキャピキャピしたのって苦手なんだよなー、オレ。
 で、アイドルなんてみんなそんなもんだと思ってたけど、リリーが釣りなんてしてたからさー……。
 最初、最近のアイドルは意外性とか狙ってんのかと思ったぐらいでさー……。
 だから信じられなくて、その……。ごめん、悪かったよ」

「……じゃあ、バカにしてるワケじゃなかったの……?」
「あ、いや信じられなくて馬鹿にしてた節はあったけどよ、でもそれは『アイドルなのにイメージ崩れる』とかそういう意味で言ったんじゃないぜ?」


更にすまなそうにバツの悪い顔をする彼がいて。
その様子に彼女は、ふいに自分がまだ人気アイドルだった頃の事を思い出した。



『ねぇ、リッちゃ〜ん……。せめてさ、もう少し女の子らしい趣味とかないの……?』
『リッちゃんは、釣りが好きなの。それじゃダメなの?』
『う〜ん、なんていうかさ〜、アイドルとしてのイメージがね……』



確かとあるテレビ番組で趣味を聞かれて、意気揚々と「釣り」だと答えたとき、マネージャーに言われた言葉だ。

どうして好きなものを好きって言っちゃいけないのかが分からなくて、悲しかった。
なんだか自分が否定されてるみたいで。


「それにオレはそういうキャピキャピしたアイドルより、好きな物をはっきり言えるリリーの方がいいと思うぜっ!」


だけど彼はこのままの自分でいいと言う。
顔だけ見て変にイメージを押しつけてくるのではない。

やっぱり彼は、他の人とは違ったのだった。


「マルクちゃん……。
 ……その、本当は事務所を通さないとダメなんだけど、マルクちゃんにだったらトクベツにサインあげてもいいわよ?」
「へーぇ、じゃあありがたく受けとっとくよ。しかし何にサインを……あっ!」


マルクはキョロキョロと周囲を見渡したかと思うと、先程釣り上げたマンボウへと視線を向けた。
そして「ちょっと待っててくれ。あ、マンボウ逃げないように見張っててくれよ」と言い残したかと思うとダニーの家の扉を叩き、


「おーいダニー! ちょっと悪いんだけど、紙と墨と……それから筆! 貸してくれねーか? 魚拓とるやつ!」


家に勝手に上がり込んで、ダニーから(割と強引に)それらの物を拝借して、リリーに渡して、


「このマンボウの魚拓とって、これにサインしてくれよ! いいだろ?」


にかっと笑う。
彼女は一瞬ぽかんとしていたもののすぐに笑顔になり、魚拓をとりつつ筆でサインを書き始めたのだった。




















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リッちゃん、ダニーとのライバルイベントで「そういう事言われるのが一番キライ」みたいな事言ってたので、多分散々なんか言われたんだろうなぁ、とか思ってみたり。
しかしもっとギャグっぽい話が書きたかったハズなんですが、いつの間にかこんな恥ずかしい話に。あぁー・・・。

ていうかゲーム中にはマンボウとか普通に釣れますけど、実際考えてみたらおかしいですよね。ありえませんよね。


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