「ねぇねぇ、ギルぅー、そろそろボクと結婚しなぁーい?」



同じテーブルで、向かい合った先の、僕へ。
頬を赤く染めて、満面の笑顔で。周囲に通る声で、何の躊躇もなく言うアカリ。

自分でもベタだと思いつつも、今口に含んでいるものを噴きだすしかなかった。







勢い

「あっはは、アカリってば大胆だねぇ〜!」


アカリの爆弾発言に、キャシーをはじめその時キルシュ亭に居合わせた人間の笑い声が響く。
アカリが辺りを賑やかにするのはいつもの事だが、自分を巻き込むのは勘弁してほしい。

黙って先ほどこぼした飲み物を拭き取っていると、机に突っ伏しているアカリの姿が目に入る。
そこで、初めて異変に気付いた。


「お前……酔ってるだろ?」


相変わらず真っ赤な顔でにこにこ笑うアカリの前には、よく見るといくつもの空になったグラスが転がっていた。
そして彼女の吐息からは、強烈な酒の臭い。
それだけ見れば、誰だってこの惨状の原因が分かるだろう。

……あぁ、そういえば。さっきから酒しか飲んでなかったような。


「えぇ〜? 酔ってなぁいよぉ〜? ボクぅ、ギルみたいな軟弱おぼっちゃまと違ってぇ、おしゃけには強いしぃ〜」
「嘘付け。呂律が回ってないぞ、呂律が」
「そんな事ないってばぁ〜。それよりぃ、そろそろ勘定済ませて帰りゃない〜?
 ボク、今日はもう眠くてぇ〜」


アカリの自由奔放な振る舞いにも多少慣れたとは言え、ため息をつかざるを得ない。
そしてそんな僕をよそに、いかにも眠そうに欠伸をするアカリ。まったく呑気なものだ。
しかし席を立とうとした瞬間、その場に崩れ落ちた。


「お……おいっ! 大丈夫か!?」


先程までの呆れた気分が一気に吹き飛び、急いでアカリに駆け寄る。
それは周りの人間も同じで、店員も客も皆が心配そうな顔で一斉にアカリに注目した。


……が。



「すぅ〜……むにゃむにゃ……」



真っ赤な顔で幸せそうな寝息を立てるアカリに、全員が脱力した。












「まったく、お前という奴は、毎日毎日騒ぎばかり起こして……少しは大人しくしていられないのか?」


そうして結局、僕がアカリを家までおぶって帰るはめになるのだった。
だが思わず口から出た文句も、星空に吸い込まれていくだけ。
そりゃそうだ。元凶のあいつは、自分の背中で幸せそうに眠っているのだからな。



思えばアカリが来てから僕の日常は、静寂というものとは無縁になった。
毎日牧場の仕事が終わってから役場に来て、仕事を手伝うと言いながらも騒いで。
僕の仕事が休みの日には、勝手に色んな所へ連れまわす。
ちなみに今日も気付いたら勝手に夕食の約束をさせられていて、その結果がこれだ。
本当に、気の休まる暇がない。台風のような奴だ。


しかし。
アカリが来てから、実際この島は変わったのも事実だ。
失われた虹は再び姿を現し、船が来るようになって新しい住民も段々増え始めている。
今まで変化もなく、衰退していく一方だったこの島が。

……本当はアカリには感謝している。
どんな奴でも引っ張っていく積極性と、越えてはいけない線を弁える気遣い。
有り余る行動力と、それを他人の為に惜しみなく使える心意気。
子供っぽい悪戯をするが、その分決して子供の心を忘れない。

そんなあいつだからこそ、コロボックルは姿を見せたのだろう。
そんなアカリに少なからず好意を持っているのも……分かってる。
背中に感じる体温と重さだって、決して嫌な訳ではない。
いつもあいつが後ろから飛びついてくるのを振りほどいてはいるが、それだって本当は。

それらを素直に認められないのは、もう長年培ってきてしまった性格なのである。




「……結婚、か」




先程彼女が酔って口走っていたことを、思い返してみる。
もちろん本気にはしていないが、しかしそういう未来もあるのだろうか。
まだハッキリとこの思いを伝えたこともなく、僕とアカリは恋人同士でもない。
したがってその未来がいつ来るのかも、むしろありえるのかどうかも定かではない、が。



「お前となら、それも悪くないかもな」



独り言とは言えこんなことを言ってしまうなんて、僕も酔っているのかもしれない。
だけど近い将来、まずはこの気持ちを伝えたいと思いながら、僕は牧場への坂道を登って行った。













「ギルおはよー!」
「もう夕方だ」
「知ってるよ! でも一日の初めに会ったら、おはようでしょ!」



翌日。
仕事が終わり役場の扉を開けると、いつものアカリがいた。
昨日の姿はどこへやら、二日酔いもなく元気な様子だ。


「昨日は家まで運んでくれたんだって? ごめんごめーん!」
「ふん。悪いと思うのなら、二度と外では酒を呑まないことだな」
「あっはは、気を付けまーす。あと、ありがとうね!
 これ、ささやかなお詫び!」
「……まあ、もらっておこう」


そう言いながらアカリが差し出したのは、僕の好物のトマトジュースだった。
家に帰ってからの楽しみが一つ増えたが、それをはっきり表には出さない。
まあ、この件に関してはあいつを調子に乗らせると面倒だから、な。決して素直に礼も言えない人間な訳じゃないぞ。


「それでね、ギル。ちょっと話があるんだけど」
「なんだ? 当分食事には付き合わないぞ」
「違うって! もー? 今から大事な事言うんだから、ちゃんと聞いてよね?」


アカリが一歩距離を詰めて、上目づかいで僕を見た。
ああこれは、あいつが、僕をからかって遊ぶ時の顔だ。
そしてそれにまんまとドキリとしたのが悔しいやら照れくさいやらで、顔を背けながら「早く言え」と急かす。



「ボクと、結婚を前提にお付き合いしよ?」
「……な、なっ!?」



しかし照れ隠しはどこへやら、思わず今度はアカリの顔を凝視してしまった。
いつものちょっとしたイタズラみたいな空気でいうものだから、一瞬何を言われているのか分からなかった。


「お、お前は、な、何を……」
「えー? ダメなの? いいよね?
 だって、ボクとなら『結婚も悪くない』んだよね?」
「お前、聞いてっ……!」


頭が沸騰して、顔から火が出そうだった。
まさか、あれを、よりによってアカリ本人に聞かれていただと?



「ねえ、返事は? ちゃんと聞かせて?」



ただただ混乱してしまい、アカリにそう言われるまで内容に頭が回らなくなるほどだった。
だがようやく我に返ってみれば、自分が好きな相手に交際を申し込まれている。
それなら返事は即答するべき事態だ。
しかし、


「お、お前がどうしてもと言うなら……その……付き合ってやらなくもない」


こんな時にまで口から出た言葉は、素直になれないいつもの僕のもので。
必死にもっと何か言うべき事があるはずだと自分に言い聞かせても、良い言葉が出てこなかった。


「あはっ、ギルらしいな〜素直じゃないんだから〜。
 ねえ、でもボクはさ……そんなギルのこと、好きだよ?」


なのに特に気分を害した様子もなく楽しそうなアカリのその言葉を聞いた時、僕の中で何かがはじけた。


そうだ、これは、そう。仕返しだ。


僕が先に言って驚かせてやろうと思っていたのに、あいつばかりが僕の心を乱している。
僕だってアカリを驚かせてやらないと、気が済まない。そうだ、だから、



「……僕だって、あ、アカリのことが、好きだ。
 アカリといると、毎日が充実していると、思う」



精一杯の、僕の想いを素直に伝えよう。
そうしてアカリが初めて僕の前で顔を赤くして押し黙った時、僕は勝ったと思った。
そして同時に、もっともっとアカリの余裕がなくなるような事を言ってやりたいという気持ちが、湧きあがってきたのだった。




















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小悪魔ボクっ娘アカリさんと、振り回されるのが心地よくも悔しいギル。
ギルは「本当はこんなこと言いたくないはずなのに素直になれない」タイプと、「ただ単に根が子供っぽいだけ」タイプがあると、私は思ってるんですが。
このお話では前者が強め・・・かつ、後者も、みたいな感じで・・・!


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