人魚姫は人間になれても、人間は人魚にはなれない。


空の色を映す水の色と、大地を思わせる茶色。二つの色は差が明確なのに、その茶色は水に溶けているようだった。
そのくらいその茶色は、茶色の髪を持つ彼女は、水の中にいるのが当たり前みたいに馴染んでいたのだ。
透き通った水と、その中を生き生きと泳ぐ彼女との間は、境界線が曖昧で。現実味がない。


「あれ、ミステル君」


ふと水の中から呼ばれた名前に、少しだけ現実に戻れた気がした。
服を着たままでも構わず泳ぐ彼女の肢体には、布がぴったりと貼りついている。体のラインがありありと見えるその姿に、どうしてだか、色気より神秘的な何かを感じてぞくぞくした。

興奮、というより、ほんの少しの恐怖。


「ミステル君も一緒にどう? すごく気持ちいいよ」


髪から顔へと滴り落ちる水も気にせず屈託なく笑う彼女は、直視できないほど眩しくて。
ぱしゃぱしゃと撥ねる水の音をBGMにした彼女の言葉は、いつもの数倍魅力的だった。
こんなの、まるで、ああ、そうか。


「……人魚姫、みたいですね」
「え?」
「今のあなた、ですよ。水の中にいるあなたは、とても生き生きとして見えるので」


そう? と言いながら水の中で一回転して見せる彼女を見て、ボクの中に冷たい水が注がれていくような感覚を覚えた。

人間に恋をした人魚は、魔法の力で人間になった。けれど、逆の場合は。
彼女が陸にあがることはできても、ボクが水の中で暮らすことはできないのだと、なんとなく思った。人間が人魚に恋をしてしまったら、愛しい人魚姫を追いかけてひたすら溺れていくしかない。


ボクの中に注がれた冷たい水は、あっという間にいっぱいになったみたいだった。

自分でもよく分からない感情に耐え切れず、目の前の川に、彼女のいる水の中に飛び込む。
驚いた顔をした彼女の、濡れた瞳にボクだけを映すようにして。濡れた唇を奪う。
冷たい水の中の彼女の体温を欲して、ひたすら彼女との繋がりを求めた。



「ミス、テ、く、いき、くるし」



唇が離れる合間合間に必死に何かを訴える彼女の姿に、ボクはとても満足だった。
だってボクだけが溺れて死ぬのは、嫌ですから。あなたも一緒に溺れてください、ねえ、人魚姫。







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ミノリちゃんは素潜り姫

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