「ルフレ〜」
「ヘンリーさん。どうかしたんですか?」
「ルフレに会いたかったんだ〜」
「まあ。私も会えて嬉しいです」
「本当〜? 良かった〜」



先日、私は結婚した。多分。いやした。ものすごく実感がないが。


こんな時だから結婚式は挙げられないし、一緒の家に住む訳でもない。
でも、仲間達が全員でお祝いしてくれて、簡素なものだけどベールをかぶってブーケを持って、何より相手からは誓いの証として指輪をもらった。
そう、確かに私は結婚したのだ。この人と、ヘンリーさんと。


「ルフレが嬉しいと、僕も嬉しいな〜」


それでも実感がないのは、この恋心に自信がないからだ。

ヘンリーさんには失礼な話だが、今でも私は本当にこの人を心から愛しているのか、自分でも分からない。
ヘンリーさんに好きだと言われて、結婚を申し込まれて、私はそれを承諾した。
実はその承諾に一切の打算がなかったかと言われると、嘘になる。
確かに最近よく一緒にいることが多くて、常識の斜め上を行く彼にヒヤヒヤしながらも、意外な一面に好意を抱いていたことは、嘘じゃない。
それでも、彼に言われるまで特別に意識したことはなかったし、何より……結婚について悩んでいたところへの、ちょうど良いプロポーズだった。


この軍は、軍内で結婚する仲間が多い。
その中でも自分に一番影響を与えたのが、主君とも相棒とも言えるクロムさんの結婚だった。
自分のことのように嬉しかったし、幸せになって欲しいとも思う。

だが、同時に少し「マズイ」と思った。
男性であるクロムさんと、女である自分。
軍師として彼にかなり近い位置にいる自分が独身で居続けるのは、良からぬ噂が立ってしまうのではないだろうか。
私自身はクロムさんに対してそういう感情がないと言っても、やはり体裁的にはよろしくない。
しかしかと言って、今の私にその手の話は一切ない。
結婚願望が強かった訳ではないが、ある種の強迫観念に似た何かを感じざるを得なかった。


そんな事を悶々と考え続けて、正直疲れていた。
そこに、ヘンリーさんからのプロポーズだ。
ある程度仲が良くて、一緒に過ごした時間がある相手からの、プロポーズ。
周りも「最近仲良かったしね」と違和感なく受け入れてくれた。



「ルフレ? どうしたの〜?」
「……え? ああ、ごめんなさい。
 少し考え事をしてしまいました。あなたといるのに……本当にすみません」
「あはは、謝らないでよ。ルフレは色々と大変だもんね〜」



と、最近日課になりかけている思考の流れをたどっていると、心配そうな声がそれを打ち消した。
ああ、ただでさえ最低な事をしているのに、更に悪いことをしてしまった。
せめてもの償いに、私なりにいい妻になろうと思っているのに。

「お詫びと言ってはなんですが……何でも一つ言う事を聞きます!」
「本当? じゃあ今日は、ずっと僕と一緒にいて欲しいな〜」
「それじゃあお詫びになりませんよ……」
「え〜? どうして〜?」
「そんなの、頼まれなくたってそうするつもりでした。
 いえ、そうしたかったんです、私が」

嘘じゃない。彼と一緒にいると心地いいのは、本当だ。
心の中で何かに向かって言い訳しながら、隣に座るヘンリーさんに寄りかかる。
そうすると彼も応えてくれて、私の腰に手を回してくれる。
その行為に一切の情欲が感じられないのは、彼のかなり特殊な性格故だろう。


「ふふ、嬉しいな〜。僕、ルフレと結婚できて、幸せだよ。
 家族って、こんなに温かいものなんだね〜」
「ヘンリーさん……」


そう、彼が世間ずれした性格をしているのは、家庭環境に問題があったからだ。
彼がさらっと語ってくれた家庭環境は、かなり普通ではなかった。記憶喪失の自分の方がマシに思えるくらいである。
それでも彼は親を恨まず、感謝しているとさえ言った。
正直それに少し、ぞっとした。両親を恨んでいて殺したいなどと言われるより、ずっと怖かった。


「ヘンリーさん。私は記憶喪失なので、家族との生活というものを覚えていません。
 だからこそ……二人で、幸せな家族を作りましょう」


だけどそれを上回る程、この人を幸せにしたいとも思ったのだ。
どこか壊れた笑顔を絶やさない彼を、幸せで笑いっぱなしにしてあげたいと。
でもそれが愛なのか情なのかは、分からない。ただの同情かもしれない。
けれどそれでお互いが幸せになれるのなら悪いことじゃないと、そう自分に言い聞かせて結婚した。
そう、私はこの人を幸せにしたいと、思っている。結婚する理由としては、大きい。


「ありがとう、ルフレ。大好きだよ」
「私も……好きです。ヘンリーさん」
「ふふ、ルフレは柔らかくていい匂いがするよね〜。
 僕、女の子とこうするのがこんなに気持ちいいなんて、知らなかったな〜」


私を温かく包んでくれる体温は、当たり前だけど人の体温だ。
ヘンリーさんがいくら特殊な生い立ちで浮世離れした性格だって、こうしていれば普通の人間なのだ。
私を一途に想ってくれていて、大切にしてくれて、常に私の事を考えてくれて。
男っぽく見られることが多い私を、こんな風に女の子扱いしてくれて。ええ、どこかの聖王様とは大違いです。

「ヘンリーさんは……意外と、しっかりした体格ですよね」
「そうかな〜? まあ、これでも男だからね〜。
 それにルフレは特別ちっちゃくて可愛いし」
「か、かわっ……」

小さい背丈がコンプレックスだったけれど、こんな風に言われると悪い気もしないし。
ヘンリーさんは結婚してみると、かなり理想の夫と言える。意外と言うと申し訳ないが。

「あ! ねえねえ〜。じゃあさ、別のお願い聞いてくれないかな〜?」
「もちろんいいですよ。なんですか?」
「あのさ、僕の事名前で呼んで欲しいんだ〜」
「え? いつも名前で呼んでますけど……」
「ん〜、そうじゃなくてね〜」

そう言って彼は、恐らく私の頭の上に、自分の頭を乗せた。
ぴったりくっついているので見えないが、頭が重くなったので多分そういうことだろう。
少し前まではこんな風に誰かと体温を分け合うことなんて、ほとんどなかった。
それが今では日常になって、頭の上が重くなるのも、慣れた。

「『さん』て付けないで欲しいんだよ〜。ルフレはみんなのことさん付けで呼ぶでしょ?」
「ああ……ええ、そうですね」

頭の上から降ってくる言葉に、そういえば、とふと思う。
こうして夫に対して敬語を使うのもさん付けするのも、自分の性格上どうしても、なのである。
それで不都合はなかったから特に意識はしていなかった。それにまだ結婚したという確固たる意識がないのもある、が。
でも確かに言われてみれば、夫に敬称を使うのは変かもしれない。

「では、その……ヘンリー?」
「うん、そう。へへ、やった〜。僕だけ特別だ〜」
「と、特別も何も……その、私達は夫婦な訳ですし……」

しかしいざ改めてとなると、正直恥ずかしいものがある。
だけど彼が、ヘンリーが無邪気に喜んでくれているのは悪い気がしない。

「でもクロムだってクロムさんなのに、僕だけなのが嬉しいんだ〜」
「そ、それはその、なんと言いますか……そんなに喜ばれると、嬉しいですけど恥ずかしいです……」

「恥ずかしい」が口癖の仲間の顔を思い出しつつ、彼女はいつもこんな気分なのだろうかと思ってみたり。
照れ隠しに、彼のマントの裾をぎゅっと握りしめて。


「僕、クロムが羨ましかったんだ。ルフレといっぱい一緒にいられるもん〜」
「それは、私の役目ですから。でもクロムさんにだって奥様がいますし、私だってクロムさんのことはそんな目で見てませんよ?」
「それは分かってるよ〜。ねえ、でももしクロムがいなくなったら、僕だけといてくれる?」
「ええっ!? ヘンリー、それは」
「あはは、冗談だよ〜」


だけど続く言葉に思わずぎょっとして、身を離して彼の顔を見た。
ヘンリーは相変わらず笑っている。
時々彼のこういう部分を見ると、やはり少なからず怖くなってしまう。
純粋に、彼ならやりかねないと思ってしまうのだ。
自惚れではなく、彼は本当に私の事を一番大事にしてくれている。だからこそ、だ。

ある種重い程の愛情は、今の私には別の意味で重い。
彼はこんなに私を愛してくれているのに、私ばかりが、こんなに曖昧でおぼつかない気持ちだ。
私は彼のように、彼だけを世界の全てになんてできないし、それどころか。


(いつも言い訳を、探している)










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いつも理詰めで戦略立ててるから恋愛でも理屈がないと納得できないめんどくさいルフレさんの恋


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