それは、ほんの些細な怪我だった。


今日も元気に野山を駆け回る彼女。多少心配はしつつも、それはもはや彼女のアイデンティティの一種なので、止めたりはしないし出来ない。
そんな彼女が指に傷を作ったと言うから、いつもの悪戯心を起こしただけだったのだ。


「まったく、あなたは本当に……仕方のない人ですね」


そう言いながら彼女の手を取って、指先を口に寄せる。
同じ年頃の少女に比べると、ずいぶん荒れた指先だ。けれど彼女の一部だというだけでそれは、どんな食べ物よりもボクを喜ばせると本能的に分かる。魅力的なもの。


「ミステル君……?」


彼女の困惑と不安がないまぜになった声を無視して、それに舌を這わす。
ざらざらとした肌の質感の中の、違和感。切れているような抉れているような、痛々しい傷跡を舌でなぞる。
血の味と、かすかな泥の味。ああ、くらくらする。
けれどボクが味わいたかったのは、これじゃない。ボクが本当に欲しかったのは、これ以上ないくらい真っ赤な顔で固まる彼女の姿だ。
そう、だからこれはいつもの意地悪のつもりだった。

だった、のに。


「あ、や……だめ。だめだよ、ミステル君」


ちらりと目線を向けた彼女の顔は、ボクが期待していたものと違った。
上気した頬。困ったような顔。そこまでは、想像通りのいつも通りだった。

けれど、それ以外は。

ボクの姿を歪めて映す、潤んだ瞳。
何かを言いたそうで、でも言えないみたいに、結ばれた唇。
伏せられた睫毛。
ボクの服を握りしめる、もう片方の手。
全てが、ああ、そんな。


「……いつの間に、そんな」


男を煽る顔が出来るように、なったんですか。
いつものようにからかいたくても出来ないくらい、女の顔をした彼女に釘づけだった。
心臓が、ドクンと跳ねる。


それは、ほんの些細な怪我だった。
けれどボクが負った怪我は、かなり深刻なものだった。










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ミステル君はベタだけど色気のある行動が似合うと思います


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