「……イリス」
「はぁ〜い、なんですか〜?」
「その、手に持っている物は何だ?」


彼女の方へは背を向けて本を読んでいるのに、何故か彼女が今抱えている物が彼――セラーノには見えたらしい。
本に視線を落としたまま向けられた問いに、イリスはぎくりと動きを止める。
固い動きで彼の方を笑顔で振り返って、しかしその笑顔はぎこちなくて。態度も同様。

「え、えぇ〜っと〜……。ちょ、チョコレートケーキですぅ☆」
「……焦げて真っ黒になっただけのケーキを『チョコレートケーキ』とは言わん」

そう、彼女が今現在抱えているのは、どこからどう見ても真っ黒に焦げたケーキの残骸。
不吉な黒い煙が立ち上る、異様に炭っぽいそれを「チョコレートケーキですぅ☆」は少々無理がある。

「……うう〜…………。ごめんなさい、失敗しちゃったんです〜……」


あっさり嘘を見抜かれたからか、それともやはりごまかしきれないと気付いたのか。
バツの悪そうな表情で素直に謝るイリス。

それにセラーノはふうとため息を付き、相変わらず本に視線を落としながら、ぽつりと呟く。


「…………しいな」
「はい?」
「珍しいな、と言ってるんだ。お前が菓子作りを失敗しているところは初めて見た。
しかも、ただのケーキなら前から何度も作っているだろう」
「う〜、えっとほら、今日は新しいレシピに挑戦してみようかな〜☆ な〜んて……」
「嘘だな」
「……え?」

再び不自然な笑顔に戻ったイリス。
しかしそれはやっぱり再び見抜かれてしまったようで、その一言に一言返すだけで精一杯で、後はまた黙ってしまった。

そんな彼女の様子に再度ため息を付き、しかしやはり本は閉じずに、だけど今度ははっきりと。

「……何か、あったのか?」
「…………」
「お前が集中力を切らすだけの事など、そうそうな……」
「……そりゃ、何もないって言えば嘘になりますけど〜……」


いつも本気なのかそうでないのか分かりにくいイリスだが、しかし何かをする際は、それがどんなに小さな事でも常に全力で物事に取り組む彼女だ。
しかもその上お菓子作りと言う行為は、彼女の趣味の一つでもある。

それなのに失敗した。

彼女を今までずっと見てきたからこそ、彼にはそれがどんなに異常な事か気付いているから。
だからいくら他人に興味が薄い彼でも、今日は彼女を心配していた。

しかし当の彼女はそれを最後まで言わせずに、顔を上げてケーキを傍らのテーブルに置き、彼の方へと歩み寄る。


「でも〜、そんなのもう、たった今どうでもよくなっちゃいました〜。
だぁって、セラーノ様がこ〜んなにわたしの事心配してくれてるんですから〜!」


そして未だに本から視線を一ミリたりとも動かさないセラーノへ、思いっきり後ろから飛びつく。
さっきまでの複雑な表情はどこへやら、今はとても嬉しそうに笑っている。

その行動に彼は「本が読めないんだが……」と読書の邪魔をされている事に不満をもらしつつも、決して彼女を振り払おうとはしなかった。







「……事情はよく分からないのだけれど……。とりあえずこれ、どうするのよ?」

しかし幸せそうなイリスに、つい先程部屋に入ってきたフローの言葉は届いていないようで、真っ黒に焦げたケーキだけがしばらくその場に残っていた。















Fin





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

イリスは「セラーノ様大好き〜v」な設定なのに、その設定が使われてる話が一つもないと気付いて、こんな話を。
イリスが何をそんなに悩んでいたかは各自で勝手に想像してやってください。
決してそこまで考えるのが面倒とかじゃない・・・よ?


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