やたらとハート型の広告が目に付く、街全体を包み込む甘ったるい雰囲気。
あちこちで見かける、包装された小さな箱の受け渡しをしている男女。
大抵、女が男に渡しているようで、渡した方も渡された方もどことなく落ち着かない様子だ。
……今日は、どうやらバレンタインデーらしい。
バレンタインデーなんて嫌いだ。
そんな事でいちいち浮かれる人間共は本当によく分からないし、分かりたくもない。
第一自分は甘い物は嫌いだ。
唯一甘い物でも許せたのは、昔姉さんがくれたあのチョコレートだけ。
――アル、はい、コレ。あげる。
……ちょっと、そんなヤな顔しないの!
アルが甘い物嫌いなのは分かってるけどさ、今日はそういう日なんだから。
一応甘さ控えめなビターチョコにしたのよ?――
そう言って姉さんがくれたビター・チョコレートは、自分にしてみればどこが甘さ控えめなのか分からなかった。
チョコレートなんてビターだろうがなんだろうが、結局甘い物に変わりはないのだ。
……だけど、大好きな姉さんがくれた物だったから。それだけで嬉しかった。
たとえ、ビターのくせに甘すぎるチョコレートでも。
「ちょっと、アル」
ふいに、後ろから声がした。
振り返ればそこには、自分が知る限りこの世で一番厄介な少女。
「……何だ」
「チョコレートもらえないからって辛気臭い顔してる、可哀想なアルに恵んであげようと思ったのよ。
私の女神のごとき優しさに感謝してちょうだい」
「誰がするか。それに、俺は甘い物は嫌いだ。いらない」
「じゃ、ホワイトデーは十倍返しでよろしく」
「……っておい! 貴様俺の話を聞いて……っ!」
人の話も聞かず、彼女はさっさと「それ」だけ置いて行ってしまった。
一応リボンの飾りがついているものの、板チョコ丸ごとなそれは明らかに義理丸出しである。
仕方なく拾いあげてみると、パッケージに書かれた文字が目に入った。
そこに書かれた文字は、「ビター・チョコレート」。
……偶然なのか、知っててやったのか。どちらにせよ忌々しい。
仕方なく一口かじってみると、やっぱり甘すぎる味が口の中に広がる。
これだから、チョコレートなんて嫌いだ。
苦い表情をしながら、一口かじっただけで食べるのをやめてしまったそれを見つめていると、ふとあの時の姉さんの言葉が蘇る。
――アル、きっとあなたも、お姉ちゃん以外の女の子からチョコをもらう日が来るでしょう。
その時、今日みたいな嫌そうな顔しちゃ駄目よ。今日はまぁ、お姉ちゃんだから許してあげるけど。
どんなに嫌いでも、女の子がくれたチョコレートは笑顔で受け取るのがカッコイイ男の子なんだから!――
そう言って笑ってた、姉さん。
きっと姉さんがさっきの光景を見ていたら、「こら、アル! お姉ちゃんの言ったこと、忘れたの!?」なんて言って、怒るのだと思う。
だけどそれは絶対にありえない、姉さんはもういない。
甘すぎるビター・チョコレートは貰えないし、怒ってももらえない。
だから、バレンタインなんて嫌いなんだ。
口の中には、まだ甘ったるいチョコの味が残っていた。
Fin
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甘くないバレンタインのお話を書こうと思ったのですが、失恋系の話は家の子じゃ思いつかなかったので、こういう話に。
ビタチョコって結構甘くないですか?まぁ私は甘党なのでミルクの方が断然好きなのですけども。
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