あるところに、一人の魔族の男がいました。
彼は一人で旅をしていて、「情報」を売って歩く、いわゆる「情報屋」をしていました。
名前は、アーノ。

魔族はとても寿命が長いので、色々な知識を持っています。
情報屋はそんな彼に、うってつけの仕事でした。

それにアーノは変わった魔族で、人間の世界を見て回るのが、とても好きなのです。





そんな彼は、今日も人間の世界を歩いていました。
ただ歩いていた訳ではなく、今のアーノには目的地がありました。
ひょいひょいと人の間をすり抜けて、ただそこへ向かって歩いていました。



ですがある時、彼は思わず足を止めてしまいました。

そこは辺りに人気のない路地裏で、彼が足を止めたのは、ごみ捨て場です。
汚いごみがたくさん雑に置かれていて、ひどい臭いもしますから、あまり足を止めたい場所ではありません。

しかしアーノはごみ捨て場に近づいて、一つのごみをじっと見ました。
いいえ、ごみと言うには可哀そうかもしれません。




何せそれは、たいそう汚れているとはいえ、一体のお人形だったのですから。




金色だったであろう髪の毛と、目だったであろう割れた青いガラス玉。
さぞかし綺麗だったであろうドレスも、今はボロゾーキンでした。


アーノは、そのお人形をとても哀れに思いました。
この路地からいくらか行ったところには、お金持ちのお家がたくさんあります。
きっとこのお人形も、少し前までは、そのお家のどこかにいたに違いありません。


ふと、アーノがそんなことを考えている時でした。





「にんゲ……ん……」





どこかから、声がしました。
それは弱い声でしたが、なんとも奇妙な感じの声で、ハッキリとアーノの耳に届きました。



「あなた……にんゲん……?」



アーノがとてもビックリして、辺りを見回していると、また声がしました。
だけど、いくら辺りを見回しても、誰もいません。


「にんギョう。わたしにんギョう」


また声がしました。
声の言う事にまさかと思ってさっきの人形を見ると、なんということでしょう。
ぼろぼろの人形が、口をカタカタさせて、喋っているのです。


「うわ……最近の人形はすげーな。喋る機能がついてるのか?
 いやあ、思わずビビッちまったぜ……」
「あなた、にんゲん?」
「ははっ。オレは魔族さ。人間じゃないよ」
「まゾく? にんゲんジャない?」


最初はこういうオモチャなのだと思っていたアーノですが、すぐにおかしいと気付きました。
だって、人形はアーノの喋ったことに答えたのです。
偶然にしてはできすぎていますし、人間のように会話できる人形の話は、情報屋のアーノでも知りません。


「……もしかして、君は人間みたいに喋れるのかな?」
「わたし。にんゲんきらい。にんゲん、わたし、すてた。
 にんゲんきらい。ずっとおもってたら、しゃベれるようになった」
「ヒューッ、怨念で人形が喋るようになるとは……そんなまさか……」


アーノは人形の言っている事が信じられませんでしたが、しかし人形と会話しているのは本当の事です。


なのでアーノはこう考えました。

ならば、多分何かしらの魔法の力なのだろうと。
魔法は精霊の力を借りないと使えない、難しいものです。
でもきっと何かが起こって、この人形に魔法の力が宿っているのだろう。

そう考えました。



「わたし。すてたにんゲんにあいにいった。どうして、わたしすてた。
 にんゲん、なにかいって、たおれた。
 ほかのにんゲんがきた。わたしみる。みんななにかいった。
 わたしこわそうとした。わたしにゲた」


「あー……うーん……まあなんとなくはわかった。
 それでえーっと……君はこれからどうしたいの?」
「わたし。にんゲんきらい。デもわたしにんゲんこわせない。
 きらい。きらい。きらい」



それから人形は、ずっと同じ事を言い続けました。

アーノはそれを聞きながら何か考え事をしていたようですが、しばらくすると、終わったようです。
彼はなんだか楽しそうに笑って、人形に言いました。



「なあ。じゃあオレと一緒に来ないか?」
「あなた? デもまたすてる。きらい」

「オレは人間じゃないから捨てないさ」
「まゾく? まゾくわからない。にんゲんちガう? わからない」

「んん〜……人間はすぐ死ぬだろ? 魔族は全然死なないんだぜ」
「しなない?」

「そう、だからずっと君と一緒にいてやれるぜ?」
「デもあきる。にんゲんしんデない。あきた。すてる」

「……じゃあ、なんで人間がすぐ飽きるか知ってるか?」
「わからない」


「人間は、さ。すぐ死ぬから、生きてる間に新しいものをたくさん見たいって思うんだ。
 だから新しいものを見つけたら、前のは捨てちまうんだよな。
 でもオレは違う。すぐ死なないから、全部大事にしてやるさ」

「……わからない。デも、しりたい。
 まゾくはにんゲんとおなジか、ちガうか、しりたい」


「よーし、そうと決まれば善は急げってやつだ!」


そう言うとアーノは人形をひょいっと抱き上げ、大事そうに両手で抱えました。
軽くごみや埃をはらいとって、だけど壊さないように、そっと。



「まずはこのホラーちっくな感じをなんとかしないとな。
 女の子にこんな恰好させたままなんて、可哀そうだし」
「……ゆかとおい。たかい。なつかしい」
「ああ、そういえば名前とか、あるか? オレはアーノ。魔族の一流情報屋だぜ!」
「なまえある。デもにんゲんのなまえ。きらい。アーノなまえ」
「オレがつけていいってことか? よーし、それじゃ……」





こうして変わり者の魔族の男は、変わった人形を拾いました。


その後お店に持っていかれた人形は、
美しい金色の髪に、透き通る青い瞳、絹のように美しい肌に修理されて、
それからお姫様のようなドレスを着せてもらい、とても素敵な人形になったそうです。



ところで最初の目的地の事をすっかり忘れて、後でアーノが慌てることになるのは、
また別のお話です。










Fin






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アーノとイズが出会ったお話。
魔族っていうファンタジックな種族に、お人形が喋るなんて、ファンタジーすぎて童話みたいだと思いまして。
ちなみにこの頃のイズさんは、人間の言葉が喋れるようになったばかりなので、ボキャブラリーが貧困です。


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