――ああ、また「君」が咲く季節がやって来たんだね










桜のユメ

街から離れた丘の上。一本の桜の木。
あまり一目に付かない場所でひっそりと咲くこの桜は、やはりぞっとする程美しかった。
神秘的で、幻想的な。きっとこの桜の木には、そこらの桜とは違う魔力があるのだ。

特に、彼にとっては。



何故なら、この桜の下には――





「彼女」が、いるから。










――ねぇ、私が死んだら、この桜の木の下に埋めてくれる?

 

二人寄り添って、この桜の木の下で空を見ていた時だった。彼女が、そう言ったのは。

あまり人目に付かないこの場所にある、桜の木。
ここを僕に教えてくれたのは彼女で、彼女はえらくこの場所を気に入っていたし、また僕もすぐに気に入った。
元々街中よりもこういう静かな場所が好きだった僕と彼女。
いつの間にか二人で会う時はこの場所が待ち合わせ場所になっていて、そしていつもそのままここで静かに他愛もない話をしていた。

ドラマのような燃え上がるような恋ではなかった。中学生カップルのような初々しい恋でもなかった。
ただ、二人でいるのが当たり前で、それでいて静かで緩やかな時間が流れていく恋。

そう、二人でいるのが当たり前、だったのだ。

だから僕はその彼女の言葉を聞いて、冗談だと分かっていても酷く複雑な気分になったのを覚えている。



――やめてくれよ、そんな縁起でもない事言うの
――何言ってるのよ、人は誰でもいつか必ず死ぬのよ。だから、ね。もし私があなたより先に死んだら……
――……どうして?
――あら、よく言うじゃない。桜の花の色があんなに綺麗なのは、木の下に人の死体が埋まってて、その血の色を吸い上げているからだって
――それとこれと何の関係があるんだよ
――その話を信じて桜の木の下を掘り返したら、本当に死体が埋まってたなんてびっくりするでしょ?
――そりゃあね
――だからね、そんな人をびっくりさせてやるのが、私の夢。面白そうでしょ?
――何だよ、それ。大体死ぬことが前提の夢なんて夢って言えないよ
――うふふ……



呆れたような僕の返事にも、彼女は静かな微笑みを浮かべただけだった。
今考えると、どうしてその時何かに気が付けなかったのだろう。 










そう、彼女は一ヵ月後、本当にその夢を叶えてしまったのだ。 










いつも通りの待ち合わせ時間。そこで待っていたのは、永遠に覚める事のない眠りについた彼女と、一通の手紙。
真っ白な便箋には、短い文章がぽつんと書き記されていただけ。



――ねぇ、お願いがあるの。
最後のわがまま、聞いてくれないかな……?



その時は何が何だか分からなくて、ただただ彼女の手紙を見つめて泣いた。あんなに泣いたのなんて、久しぶりだった。

そして少し落ち着いてから、僕は彼女の最後のわがままを聞いてあげる事にした。
もしかしてハタから見たら僕が彼女を殺したように見えるのかな?って冷静に思ったりもした。
それでも僕は桜の木の下を掘り返す事を止めなかった。


後で彼女の友人に聞いた話だが、彼女の家の家庭事情は相当荒れていたらしい。
そういえば、彼女は自分の家に僕を呼んでくれた事がなかった。
彼女が家族の話をしているのも聞いた事がなかった。
夏なのに、長袖ばかり着ていた。今思えば、服に隠された肌には、どんな傷が隠されていたのだろう。

ああ、それなのに彼女は僕の前ではいつも微笑んでいた。



彼女は何を思いながら、あの夢を僕に語ったのだろう。
……もしかしたら、あれは彼女からのSOSだったのだろうか。
それともあの時にはもうとっくに、自殺を決めていたのだろうか。
いずれにせよ、彼女を救ってやれなかった自分が悔しかった。

僕では、頼りなかったのだろうか。
僕はあんなに彼女の事を愛していたのに、彼女は僕の事なんてどうでも良かったのだろうか。















そして、あれから五年の月日が流れた。

僕は桜の咲く季節になると、毎年ここへ来る。
相変わらず、桜の木は美しい。僕にはあの頃よりも、この桜の花が色鮮やかに見えた。
この桜の木は、僕にとって世界一美しい桜の木だ。



五年の間に、他の女性と付き合ってみたりもした。だけどいつも思い浮かぶのは、彼女の事ばかり。
夜、瞼を閉じても夢に出てくるのは彼女。


――ああ、いつになったら君は、僕の事を離してくれるんだい?


ふと、なんとなく桜の木の下を掘り返してみる。
ただなんとなく、無意識の内に手で土を掘り返していた。


――これは罰なんだろうか。あの時、君の苦しみに気付いてあげられなかった、僕への。


ずっとずっと、掘り続けた。爪が割れて血が滲んでも、痛さは感じなかった。
そしてついに、僕は彼女にたどり着く。


――ねぇ、お願いだよ。もう離してよ。君のわがまま、聞いてあげただろう?


そこには僕の眠り姫があの日のままいるはずなんかなくて、ただ白くて硬い物があるだけだった。
しかし。ふと、それに紛れて何か別の物が埋まっている事に気付いた。


――……これは……


土と骨に埋もれていたのは、シンプルな銀色のロケットペンダント。
そうだ、確か僕が彼女の誕生日に送った……。

恐らくあの時は、ただ彼女の夢を叶える事に必死で、彼女がペンダントをしている事に気が付けなかったのだ。
ペンダントを開いてみた。
そこには、大分色あせて分かりづらいが、五年前の僕の姿があった。





――ああ……もう駄目だ。彼女はなんて事をしてくれたのだろう。





これでは一生、彼女を忘れられそうにない。
頬を雫が伝い、彼女の眠る木の下に、吸い込まれていく。



――僕の、一方通行じゃなかったんだね……



……ねぇ、君のわがまま聞いてあげたんだから、今度は僕のわがままも聞いてくれるよね?
もう君の夢は叶えてあげただろう?
だから僕の元に戻って来てよ。そうしたら今度こそ、君を幸せにするから。

もしそれが駄目なら、せめて……










彼がポケットに手を入れた瞬間、激しい風が吹き、吹桜の花びらが一斉に舞い散る。
桜吹雪が彼を優しく包み込み、彼の姿を隠した。

そして風が止み、花びらが全て地面に落ちた時、そこには赤く染まった桜の木の根元と――























――もしそれが駄目なら、せめて僕を迎えに来て




















Fin





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文芸部の部誌に出した原稿です。
当時頭の中でとある曲がエンドレスリピートされてまして、その影響で桜+悲恋が書きたいと思って書いた話。
話が急展開すぎるのは、原稿の枚数制限があったから色々凝縮しすぎたせいなんだ、うん。私悪くない。(コラコラ)
・・・まぁ、結局は私の文才不足な訳ですが。それでも書いてて結構楽しかったです。
やっぱり純愛物より若干病んでる系の方が書きやすいし好きです。


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