「ねえ、二人とも! 見てこれ!」



大勢の旅人達の喧騒の中、その中の一つの声。
それは快活な少女の声で、二人の人間に向けられていた。


「公共クエストじゃない。よく見つけたわね」
「やー、運が良かったよ」
「公共クエスト?」
「あ、そっか。リタは初めてだっけ」


二人の人間は、少女が持ってきた一枚の紙を覗き込む。
一人は少女より更に幼く見える少女で、もう一人は一見少女に見える顔立ちの少年。

リタ、と呼ばれた少年は、頷きながら肯定の返事をした。


「公共クエストっていうのは、まあほとんど名前の通り。
 依頼主が公共団体だから、信頼度は高いし報酬も多い場合が多いんだ。
 ほら、依頼状にこの街の自治体のハンコが押されてるでしょ」

「あ、本当だ」
「けど、だからこそ人気ですぐ取られちゃうんだけどねー。あたしも久々に見たよ」
「なるほど、そうなんだ。今回の依頼はどんな内容なの?」
「街の周辺にモンスターが増えてきたから退治してくれ、ってことらしいよ。まあよくある内容だね」
「じゃあ、ティンとフローがいれば大丈夫だね! 僕も一生懸命援護するよ!」

「ちょっと待って。内容をよく見なさい」


リタと少女のやり取りを黙って聞いていたもう一人の少女だが、話が一段落したところで口を挟んだ。
赤い宝石のような目を細めて少し不機嫌そうな少女に、二人はもう一度手元の紙に目を落とした。


「あちゃー……人数指定アリかあ」
「え、どういうこと?」


納得してガッカリした様子の少女と、未だに内容が掴みきれない顔のリタ。
二人の目線は依頼内容の‘指定人数’の欄だ。

そこにはハッキリと
‘四人以上 ※ただし全員Aランク以上であれば指定人数以下でも可’
と書かれている。


「あっちとしては確実に達成して欲しいから、大口叩かれて『やっぱり無理でした』は困るんだよね。
 そういう場合、ノルマに合わせてこうやって確実に達成出来そうな人数を指定される場合もあるんだよ」
「実際私とティンがいれば、指定された数程度を一掃は出来るわ。
 けれど見た目からじゃ実力は計れないし、私達まだ全員ランクもB以下だもの」
「そうなんだ……でも、言われてみれば確かにそうだよね。
 ティンやフローみたいな可愛い女の子があんなに強いなんて、見ただけじゃ分かんないもん」

「しかし、どうする? 協力者でも探す?」


最年少の少女にティン、と呼ばれた彼女が見渡す周りには、大勢の冒険者がいる。
彼女が手に持っているような依頼書が数多に、しかし整然と貼り出された掲示板の前に集っている者が一番多い。
他にも彼女達のように依頼書を見ながら相談し合う者達、受付カウンターに向かう者達。


ここは‘ギルド’と呼ばれる場所で、旅人たちに多数の依頼(クエスト)を仲介している。


依頼を出すのは誰でも出来るが、それを受けるのはギルドの定めた資格を持っていなければならない。
資格を持った者達は‘クエスター’と呼ばれ、かくいうこの三人もそうである。

だからこそここでクエストを探している、という訳だ。


「そうね……でも、その前にもう少し別のクエストも探してみましょう。
 協力者を探すよりも、三人でそれなりの効率が出せるクエストの方がいいでしょう」
「だねー。知らない人と組むって面倒なことも多いし」
「そうなの?」
「ま、悲しいけど世の中いい人ばっかりじゃないからね」
「そっか……」

悲しげな顔をするリタをよそに、フローは早速他の掲示板の前に向かう。
‘討伐’‘採集’‘雑務’などと分類分けされた掲示板の群れを軽く眺めながら歩くフローだったが、しかし一つの掲示板の前で足を止めた。


「なんか良さそうなのあった?」


後ろから一歩遅れて歩いてきたティンが声をかけると、彼女は掲示板ではなく、それを見ている一人の少年に注目しているようだった。


爽やかな水色のフード付きマントを被った少年で、背丈からしてフローと同じくらい、つまり一二歳程度に見える。
マントの脇から矢筒が出ており、彼が弓を使うことが窺える。


「あの子がどうかしたの?」
「フローと同じくらいかなあ? 最近の子って小さい時から自立しててすごいね」
「彼は一四歳だし、‘小さい’はコンプレックスだから言わない方がいいわよ」
「え?」


思いもよらなかった少年の情報にリタが目を丸くし、そうして何故フローがそれを知っているのかと疑問に思った時には、既にフローは少年に近付いていた。



「アル。久しぶりね」



フローの声に、少年が勢いよく振り返った。

フードを目深に被っていて見えない部分も多いが、銀色の髪が覗き見える。
美しい銀色ではあるが、少々あちこちに跳ねているようだ。


「貴様、フローか!?」
「あら、覚えてたの。あなたにしては律儀なことね」
「……何だ。何か用か」
「久しぶりに友人に会ったら、声をかけるのが普通でしょう?」
「友人? 貴様と俺がか? ふざけるな、お前とそんなものになったつもりはない」


フローがアルと呼んだその少年、髪と同じ銀色の鋭い目つきに乱暴な言葉だが、声質はまだ幼さを残している。


「そう、じゃあ他人でもいいけど。それよりあなた、掲示板を見てたってことはクエストを探してるの?」
「他人の貴様には関係ない」
「私達、ちょうど今四人目の協力者を探してたのよね」
「は? 四人目?」

フローの言葉に後ろを見た彼の視線の先にいるのは、無論ティンとリタである。
話に置いていかれた二人はアルに視線を合わせると、それぞれ軽く挨拶をした。

が、それを見るなりアルは更に目つきを鋭くさせ、突然フローの胸倉を掴んだ。


「貴様、ふざけるなよ! 俺にこの人間と協力しろって言うのか!?」
「ちょ、ちょっと!?」
「そうよ? モンスター討伐の公共クエスト、いい話だと思うけれど」
「何のつもりだ! 貴様、何を考えて……!」
「ちょ、ちょっと!? やめなよ!?」

突然の事に一瞬戸惑ったティンだが、すぐに我に返り止めに入る。
リタは慌ててはいるがどうしていいか分からない様子で、更に周りの冒険者たちも険悪な空気にざわついている。

その険悪な空気の矛先のフローが、一番冷静だった。


「メンバーが一人足りないところにちょうど顔見知りを見つけたから、声をかけただけよ。
 別に友達になろうって言ってる訳じゃないわ。これは仕事の話よ」
「俺は一人でやって来たし、これからも人間とつるむ気はない」
「そう。それで、今日はいいクエストが見つかったのかしら?」
「……」
「あなたこそ考えた方がいいわ。
 ランクが低くて若いクエスターが完全に一人でやっていくことの難しさは、あなたなら分かると思うけれど。
 選り好みしてたら生きてけないわよ」
「分かってる!」
「だったら完全に知らない人間とつるむより、他人でも顔見知りの私と、更にその顔見知りの人間と組んだ方がマシだと思わない?」
「……くそっ!」


苦々しげな顔をしながら、そこでようやくアルはフローから手を離した。
ティンとリタ含め、周りも少し安心した空気が流れる。


「ごめんなさい、みなさん。アルったら少し短気で。
 こういうのなんて言うんだっけ、はんこうき? とにかく、大丈夫ですので」


そしてフローが明るくにっこりと笑って周りを見渡すと、観衆は大体それで納得したのかまばらに散っていった。

それを見届けてから依然いたたまれない空気のティンとリタを振り返り、笑顔を作るのをやめてアルに向き直る。


「と、いう訳なのだけれど。いいかしら? アルを入れて四人で受けるということで」

「ちょ、ちょっと待って。えーっと、アル君だっけ?
 まあその、フローが信頼してるなら、よっぽど腕はいいんだろうけど……」
「そうね。弓の腕と……それからここでは言えないけど、アルには他にも特殊な技術があるわ。
 足手まといにはならないはずよ」
「うーん、フローがそこまで言うなら……うん、分かった。あたしはいいよ」
「僕もいいと思う! よろしくね、アル君」

「じゃあ決まりね。ほら行くわよアル、いつまで拗ねてるつもり?」
「……言っておくが、貴様らとよろしくする気はないからな!」


俯いていた顔を上げたかと思えばジロリと睨んでくるアルに、一抹の不安を感じざるを得ないティンとリタであった。



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