「ねえ! アル君って、結構クエスター歴は長いの?」 「……」 「僕、結構最近資格を取ったばかりで。この中では一番後輩だし、やっぱりアル君も先輩なのかな?」 「……」 「あ、えーっとその……僕、ベギン村っていう小さい村の出身でさ。それで……」 「聞いてない。うるさい」 「あ、ごめんね……」 クエスト受理の手続きを済ませ、早速達成に向かう四人だったが、道中は先ほどからこんな様子である。 ティンは既に話しかけるのを諦めており、ため息をつきながらリタに気の毒そうな視線を送った。 「……ね、ねえ、あの、アル君? もしよかったらでいいんだけど……どうして僕達の事がそんなに嫌いか教えてくれないかな? 僕、直せることなら直すよう頑張るから……」 先ほどから話しかけては俯く、を繰り返すリタだが、今度も諦めずに再び顔を上げる。 すると初めてアルがリタの方を振り向いたが、その表情はとても友好的とは言えなかった。 むしろ今までよりも殺気立っている。 「直す? じゃあ直してみろ! 貴様ら人間が奪った仲間と、家族を返してみろ!」 言うや否やアルはフードを乱暴に掴んで下した。 フードで隠れていた頭部分の全容が露わになる。 リタもティンも息を呑んだ。 今までで一番激しく声を荒げたアルに気圧されたのと、何より、フードの下から現れた人間のそれではない耳に。 「それって、まさか」 「そうだ。俺は貴様ら人間とは違う。貴様らに全てを奪われた、エルフの一人だ!」 あちこちに跳ねた銀色の髪から覗く耳は、本来曲線を描く部分が尖っている。 リタもティンも、激情を燃やすアルの瞳よりそこに目線を奪われ離せなかった。 「エルフ……本物、なの……」 「私が知る限りアルは本物よ。半ばおとぎ話のようなエルフの特色を、全部備えてる」 「この世界で一番精霊に近い存在で、耳が尖っていて、寿命がずっと長くて…… 待って、でも‘人間が奪った’っていうのは、ごめんなさい。僕聞いた事なくて……」 「あたしもない。あの、どういうことなの?」 「とぼけるな! どうせ人間なんて皆同じ考えなんだろう!」 アルはそう言った後フードを被りなおして前に向き直り、速足で三人から距離を取ってしまった。 行き場のなくなった疑問にティンがスッキリしない顔をしていると、フローが先を行くアルを見やりながらそれを掬い取る。 「……エルフは、あなた達の思う通り、到底人間には手に入れられないものをいくつか持ってるわ。 生まれつきの強い魔力に、永い寿命。それを欲しがる人間は多いでしょうね」 「え、まさか」 「ど、どういうこと?」 「人間が新種の生き物を発見した時、その生態を解明しようとしたらどうするかしらね」 いまいち話が呑み込めなかったリタもそこまで聞いてようやく理解したのか、一歩早く答えを察していたティンと同じように青ざめた。 「そ、そんな……嘘だ……」 「……一応言うけど。そんな嘘をついてまで攻撃的な態度を取るほど、エルフも馬鹿じゃないと思うわ」 「まさか、そんな事になってるなんて……そんなの、あたし達にはどうにもできないよ」 「うん……そうだよね……」 「私は、あなた達ならどうにかできると思ったのだけれど」 思ってもみなかった言葉に、リタとティンは逸らしていた目線を一斉にフローに向ける。 「今更私達が何をしたって、確かに人間がエルフにしたことはどうにもできないでしょうね。 でも、だからこそアルも、あのままじゃダメなのよ。 アルが言う通り、もはやエルフ……アルの仲間はほとんどいないわ。 この世界で生きていくなら、人間と上手くやるしかないのよ。 私達ってどうしても一人だけじゃ生きていけないもの。 人間を許せなくても、せめて折り合いをつけて生きていかなきゃいけない。 あなた達と行動を共にすれば、アルも少しはそれが出来るようになるんじゃないかと思ったの」 「フロー……」 フローはいつものように涼しい顔で語り口も淡々としていたが、その内容はリタとティンを考え込ませるのに十分だった。 二人はしばらく神妙な顔で黙ったままだったが、しばらくしてティンが再びフローを見据えた。 「フローはさぁ……ずるいよね」 「え?」 そうして発せられた一言が意外だったのか、リタも思考を中断して顔を上げた。 ティンはどこか呆れたような表情だ。言われたフローは黙ったままで、返事をしない。 「そんなこと言われたらさ、あたし達あの子の事見捨てられなくなっちゃうもん。 あたし達がどうにかしなきゃいけない訳じゃないけど、このまま別れたら絶対後味悪いよ。 フロー、それを分かってて言ったでしょ?」 「あら、そういうの邪推って言うのよ?」 フローはからかうような笑顔ではぐらかすが、ティンは真っ直ぐ彼女を見つめ更に続けた。 「だってフローって、わざわざ自分の考えを話して同意や共感を求めたりしないじゃん。 いつだって、黙って自分がしたいようにするんだから」 「……そうかしら」 「そうだよ。だってさあ、長くはないけど短くもない付き合いだし。それくらいはね? ま、フローが結構友達思いなのはちょっと意外だけど」 「私だって、知り合いがのたれ死んだら思うところくらいあるわよ。 ……まあ、あなた達ほどお人よしではないけれど」 フローがそこまで言うと、二人は顔を見合わせてニヤリと笑った。 そのままティンはくるりと踵を返すと、先を行くアルに追いつくように早めに歩く。 その場に残されたリタは口をぽかんと開けながらもおずおずと、しかしどこか嬉しそうな顔でフローを見つめた。 「あの、でも……それって僕達の事、信じてくれてるってこと?」 「あなたがそう思うならそういう事にしておいてちょうだい。 そっちの方が都合がいいから。……そうね、私、ずるい性格だもの」 くすくすと笑いながらフローもティンに続き歩く速度を速め、置いて行かれないように慌ててリタも同じようにする。 「……ねえ、アル君」 「気安く親しげに呼ぶな。気持ち悪い」 「じゃあ、アル」 「そういうことじゃない!」 ティンがアルに追いついて声をかけた。 が、もちろん彼の態度が変わることはなく、それでもティンは苦笑いしながら続ける。 「ごめんごめん、名前以外で呼びかけるのって得意じゃなくてさ。 それより、なんでもいいけど死なないでよね」 「は? なんだいきなり」 「あたし、正直君のことアテにしてないから。 だから協力とか連携とか、そういうのはいいよ。 けど君もクエスターなら知ってると思うけど、依頼遂行中にメンバーを欠けさせるとクエスターランクに響くからさ。 だから自分の身を自分で守ってくれればそれでいいよ」 「なっ……!?」 「あたしとフローだけでも指定数の討伐は出来るし。じゃ、そういうことだから」 そこまで言ってティンはアルから離れ、更にその先を歩いて行く。 アルは一瞬呆気にとられた顔をしたが、すぐ元の不機嫌そうな顔に戻り、 「ふざけるな! 俺を役立たず扱いするつもりか!?」 と叫んだ。 「じゃ、精々役立たずじゃないことを証明することね。そろそろ討伐指定のモンスターの出現地域よ」 「あ、あの、僕、少しなら傷とか治せるから。その、怪我をしたら言ってくれると嬉しいな」 その横を後ろから遅れて来たフローとリタが通り過ぎていき、すれ違いざまにそれぞれアルに声をかける。 アルは酷く苦々しげな顔で、その場で地面を強く踏みつけた。 そんな会話がありつつも、実際に戦闘でのアルはかなり善戦していた。 目撃情報が多数上がっているという場所に行くと、情報通りそいつらは現れた。 見た目はほとんど動物の猪だが、牙が倍以上長く瞳が緑色なのが特徴だ。 しかしやはりベースが動物なのか森林の近くを住処にしており、そしてアルは地の利を生かすのが非常に上手かった。 矢を打つには対象から一定の距離がなければならないが、アルは時には茂みに隠れ、また時には軽い身のこなしで木に上り、常に距離を保てている。 更に、放った矢はもれなく一本も外していない。 「へえ、あの調子ならほっといても大丈夫そうかな。今まで一人でやれてるだけある……ねっ!」 「いくら情があっても実力がないのは連れてこないもの」 そんなアルを横目で様子見しながら、ティンは確実に一匹ずつ剣で仕留め、フローも隙をついて詠唱を唱えて片っ端からモンスターを燃やしていた。 時折光の玉が弾け飛び敵の目をくらませ、また二人が避けそこなった際に出来た傷を柔らかな光が癒していく。 「本当は弓だったら、あたしが前に出て後ろから援護してもらった方がいいんだけどね!」 「そうね。たまたま今日は遮蔽物が多いから、アル一人でも大丈夫だけど」 ティンとフローの戦闘力にリタの魔法での援護が加わっている為、二人は会話する余裕があるほどであった。 しかし。 突如後方からリタの悲鳴が上がり、ティンが振り向く。 が、そこには敵の姿は見当たらない。 「アルが!」 リタの一言にハッとして前方に向き直ると、そこにはアルの腕に噛みつく一匹と、更にそこに近付いていくもう一匹。 アルが無事な方の腕で矢を直に突き刺して応戦するが、両手が使えなければ弓矢本来の使い方が出来ない。 「まずい!」 フローが詠唱するより先に、ティンがためらうことなく剣を投げた。 真っ直ぐとんだそれはアルに近付く一匹に命中し、そちらは動かなくなる。 続けてアルの腕に食らいついていた一匹が炎に包まれた。 「よし! ……っく!?」 ティンがそれを見届け安堵したのもつかの間、今度はティンに別の個体が襲い掛かるところだった。 剣を手放してしまったティンは反射的に蹴とばして応戦する。蹴とばされたモンスターはよろめいたが、体術が専門ではないティンの蹴りでは到底致命傷になりえない。 「フロー!」 なのでその隙にフローからの援護を求める。 ……が。 その瞬間にはすぐ傍でうめき声が聞こえ、モンスターが地面に倒れる音がした。 ティンが驚いてそちらを見れば、なんとそいつに突き刺さっているのは、ティンが先ほど投げたはずの剣だ。 「え!? アルが投げ返してくれたの!?」 「……違う」 ティンの上げた声に、いつの間にか近くに歩いてきたアルが答える。 周りにはもう動いているモンスターはいないようだ。 けれどアルは先ほど噛みつかれた腕を抑えており、そのにじみ出る血を見てリタが慌てて駆け寄ってきた。 「大丈夫!? ちょっと待ってね!」 アルの傍に寄るや否やリタは目を瞑り、詠唱となる精霊語を呟く。 数刻後、アルの腕は光に包まれた。 「良かった。それにティンも無事で……あ、そういえばさっきのって?」 「……なんで貴様にわざわざ説明してやらなきゃいけないんだ」 傷の塞がった腕を一瞥した後、しかしアルは素っ気なくそっぽを向く。 「魔法ね」 「え?」 「忘れたの? アルはエルフよ」 「ああ、そういえば……‘精霊と結びつきの強いエルフは、強力な魔法を使いこなす’だっけ?」 「そ。アルの魔法は刃の魔法。私も詳しくは知らないけれど、アルが視認出来る範囲にある剣やナイフは、ある程度手を使わず動かせるの」 「へえ、あたし魔法の事って全然分からないけど、色んな魔法があるんだね」 「魔法って言うのは精霊の力で、その人が‘いる’と思えば万物に精霊は宿る。僕はそう聞いたよ」 「おい! 勝手に人の事を喋るな!」 「それよりアル、あなた危ないところを助けられた上傷も癒してもらったのに、一言もない訳? エルフって恩知らずな生き物なのね」 「なっ!?」 「あ、そういえばあたしも助けてもらっちゃったね。ありがとうアル」 「な……」 笑顔で礼を言うティンに、アルは複雑な面持ちで口をパクパクと動かしていた。 しかししばらくそうしていたかと思うと、一際複雑そうな顔で、 「……くそっ! おい、この程度で許されると思うなよ! 俺は人間を絶対に許さない! ……だけど、その、今回だけは、た、助かっ、た」 相変わらず語気は荒いが、最後は消え入りそうな声でそう言った。 だがそれにティンが驚きリタが満面の笑みを浮かべると、再び威勢よく眉を吊り上げる。 「そもそも貴様の事だって助けてやった訳じゃない! 死傷者が出ると俺のクエスターランクに響くだろう!」 「あ、あたしが言ってたこと覚えててくれた?」 「ふざけるな! クエスターとしての常識だ!」 「あーごめんごめん。そうだよね〜」 アルの態度は最初から今まであまり変わっていないように見えるが、ティンはもう最初のような腫物扱いではなかった。 どこか受け流すような口調と表情にアルは更に面白くなさそうな顔をしたが、それを見るフローは幾分か楽しそうに見えた。 「んー、今回は上々だねー」 「みんな、お疲れ様」 「お疲れー」 「ご苦労様」 再びギルド内、しかし今度は休憩スペースで話し合う四人がいた。 討伐の証であるモンスターから折り取った牙を届け、報酬を受け取って来たところである。 「ふん、これで貴様らとの協力も終わりだ」 報酬の四分の一を受け取り、アルが早々と椅子から立ち上がる。 が、 「待ちなさい」 フローがマントを思い切り引っ張った為、再び強制的に椅子に座る羽目になった。 「フロー貴様! 何をす」 「あなた、しばらく私達と来た方がいいんじゃない?」 「は?」 怒りを露わにしたアルの言葉を、途中でフローが遮る。 言われたアルはもちろん、ティンもリタも同じく驚いた表情だ。 「相変わらずあなたが一人でクエスターをするには厳しい状況なのは変わらないでしょう。 いい? 若くても一人でもやっていくにはある程度のクエスターランクが必要なの」 「分かっている、何が言いたい」 「いずれ一人でやっていきたいなら、今ここで多少我慢してでもさっさとランクを上げた方がいいんじゃないってことよ。 多人数パーティなら高難易度クエストも受けられるし」 そう言われてリタとティンを睨みつけるように見やるアルと、それを受けて苦笑いするリタと呆れ顔のティン。 「はいはい、乗りかかった船ですよ……」 「でも僕、アルがいてくれたらとっても心強いなって思う。アルって弓も上手で、魔法もすごいし……!」 「ま、確かに戦闘力としては有能だったからね。 ただし、これからも一緒に来るようなら多少は協力してもらわないと困るよ」 「ふ、ふざけるな、誰が貴様らと……」 「ま、あなたが嫌なら仕方ないけど。 でも、これから先毎度得体のしれない人間と関わるより、ある程度得体の知れてるこの二人とつるんでた方がマシだと思うわよ」 「くっ……」 きらきらと期待するような目のリタと、呆れながらも拒みはしないティンと、相変わらず表情の読めないフローと。 三人に注目されながら、やがてアルは、 「……〜っ! 言っておくが! 利害の上での協力はするが! 貴様らと慣れ合う気は一切ないからな!」 心底不機嫌そうで、苦々しげで、悔しそうで、言い捨てるように。 だがそれは確かに、肯定の意なのであった。 こうしてまた一つ不思議な縁が結ばれ、旅人たちの旅は続く。 〜Fin〜 BACK MENU |