町の検問所を、三人の少年少女がくぐる。 まだ三人とも十代のようだが、少女の内の一人は腰に剣とその鞘を吊るしている。 残り二人は表立って武器を携帯していないが、旅人がよく持つ道具袋を携帯しており、彼らは一般的な旅人の若者であった。 「いやー、着いた着いた。とりあえず宿探しだね」 「そうね」 「わー、人が大勢……」 それぞれが思い思いの言葉を口にする中、白と黒の法衣を着た少年が口を開けて周りを見渡している。 キョロキョロという様子が似合うその様はまさに‘おのぼりさん’で、隣を歩く同年代の少女がくすりと笑った。 「リタはあんまり故郷から出たことないんだっけ? この町はまだ中規模って感じだよ」 「そうなんだ! 何回か、聖都リヒトには行ったことあるんだけど……」 「あまりおのぼりさん全開で歩かないでちょうだい。厄介な人種に目を付けられたらどうしてくれるの」 少し興奮気味に話すリタを、一番年下らしい少女がスッパリと制した。 一瞬にして落ち込んだ顔でごめん、と謝るリタを横目に、もう一人の少女が苦笑いをする。 「まあまあ……。確かにそうなんだけど、リタの気持ちだって分かるでしょ。 フローだって初めて旅に出た時は……あんまりはしゃいでなさそう」 「よく分かるじゃない」 「普段のフローを見てればそりゃね……。 でもま、あんまり隙を見せないようにするのは本当に大事だよ、リタ」 「う、うん。ごめん」 そう言って、リタは背筋を改めて伸ばした。 この土地に慣れていない人間となれば、その隙を狙って良からぬことを企む輩が出てくる。 生まれ育った故郷を出たばかりで旅慣れていないリタでも、それくらいは何となく理解できるようだ。 「しばらくはあたし達から離れない方がいいかな。いい?」 「うん。本当にごめんなさい」 「私は新人のお守りなんてごめんよ。あなたに任せるわ、ティン」 「ちょっと、そういう言い方は……」 視線も合わさず言い放つフローに、ティンは思わず振り向いた。 勢いに釣られ、薄紫色の長いポニーテールが弧を描く。 ふわりと空中を漂う予定だったそれは、しかしパサリという音と共に一瞬停止する。 軌道上に動きを邪魔する存在があった為だ。 「え? あっ、ごめんなさい!」 フローの方に向けた顔を慌てて前に戻したティンが見たのは、一人の青年。 茶系の地味な色のマントに全身を包んでおり、だからこそティンの明るい色の髪束がぶつかってしまった瞬間の色の対比は鮮やかで、彼女は自分の失敗にすぐ気付いたという訳だ。 しかし当の彼はティンの言葉を聞き入って、しばらく動かない。 結果無言で見つめ合う形になり、その時間が増えるほど微妙な空気が流れる。 「ちょっと、あなたが早速厄介な人種に目を付けられてるんじゃない」 「ご、ごめん……」 普通ならそのまま謝罪一つで済む流れがそうはならないことに、三人とも違和感を感じていた。 その違和感はそのまま不安に変わる。 「あ、あの! ティンもわざとじゃなくて、その」 「ティンさんと仰るのですね! 突然ですみませんが、お願いがあるんです!」 勇気を振り絞って出したリタの言葉は、突然青年の声に遮られた。 ウェーブがかった明るい新緑色の髪を振り乱し気味に、彼はティンの手を強引に取る。 「僕と一日デートしてください!」 「は?」 そうしてポカンとした表情から一転、キラキラと目を輝かせた青年が発した台詞には、今度はティンがポカンとする羽目になった。 先ほど必死の一言を遮られたリタは、もっとポカンとしていた。フローだけが表向きは何も変わっていないようだった。 「僕、ラディって言います。本当に突然すみません」 「は、はあ……」 混乱しながらもこれ以上道の真ん中で話し込む迷惑を鑑み、開けた休憩スペースに移動した三人と一人だったが、相変わらず当事者のティンと傍観者のリタの顔には困惑の色しか浮かんでいない。 「あの……僕、近くの町の、一応名のある貴族なんです。 あ、家に今回の事が知られると大変なことになると思うので、家の事はあまり聞かないでいただけると幸いなんですけど」 「はあ……」 「それで来月、違う街の貴族のお嬢さんと結婚することになって。いわゆる政略結婚、というやつなんですけど」 「あ、ええっと、おめでとうございます……?」 ラディと名乗る青年の出自をぼんやりと聞くしかできないティンであったが、ここで少し思考回路が戻った。 いや、来月結婚するのにこんなところで自分をナンパしているなんて、やはり面倒なことに巻き込まれたのではないかと。 話なんて聞かずに逃げれば良かったと後悔するティンをよそに、ラディは話の内容に似合わずふんわりとした笑顔で話し続ける。 「あ、それ自体は全然いいんです。 評判のいいお嬢さんだそうですし、一度お会いしましたがとても美しい方でした」 「それは何よりで……」 「でも僕、一度も恋をしたことがないんです」 笑顔を曇らせて俯くラディ。 身の危険を感じてきたティンは少しずつ彼から距離を取っていたが、今の発言でさらに一歩距離を置いた。 「僕、子供のころから本を読むのが好きでした。 よくバカにされるんですけど、女の子向けのおとぎ話や恋愛小説なんかが大好きなんです。 だから、子供のころから素敵な恋にずっと憧れがあって」 「え、ええっと、素敵な婚約者さんが出来て良かったですね?」 「ええ、彼女は僕には勿体ない方だと思っています。 でもそれは家が決めた許嫁……人生で一度も自分の意志で恋をしたことがないまま彼女と結婚するのが、どうしても嫌になってしまって……。 それで居ても立っても居られなくて、屋敷を抜け出してこの町に来たんです。 そうしてあなたと出会いました、ティンさん!」 再び瞳に輝きを戻したラディに、なんとなく話の行く末を察したティンはますますうんざりした気持ちだった。 出会った時のように手を取られそうになったのを、さらりとかわす。 「見知らぬ町で偶然出会った男女が、一目でお互い恋に落ちる……素敵です。 身分を隠した僕と、旅人のあなたと……」 レモン色の瞳を輝かせながら、うっとりと甘酸っぱい恋物語を語るラディ。 「あ、あの、それってもしかして、ティンに一目惚れ……ってやつですか?」 「はい!」 「どちらかと言えば『たまたまぶつかってきた旅人』という状況に酔ってるようにしか見えないのだけれど」 「あたしもそう思う……」 ようやく見えてきた話におずおずと口を挟むリタをよそに、女子二人は冷静だ。 「そうかもしれません。でも、どちらにせよそれでいいのです。 僕だってワガママで結婚を取りやめたい訳ではありませんし、旅人さんだって自分の旅があります。 だからせめて僕は、一度の夢が見たいだけなのです」 「それで、一日でいいからデートしてくれって訳ね……」 「そうです! 旅人さんであれば、クエスターでもありますよね? 個人依頼という形で、受けてはいただけませんか? もちろん報酬は払います!」 「う、依頼って言われると……」 依頼と報酬、この言葉が出た途端ティンとフローの態度は変わらざるをえなくなった。 彼らは旅人であり、依頼を受けて報酬をもらって生活している。 その上ギルドを通さない個人依頼となれば、直接やり取りする分リスクは大きいが、仲介の為の手数料を取られない分実入りも期待できる。 「ク、クエスターって本当に色んな依頼が来るんだね……」 「今回のはかなり特殊な内容だと思うけれど。 で、依頼と言うからには内容と報酬を明確に示してもらえるんでしょうね?」 「もちろんです!」 「いやなんでフローが聞いてるの? あたしも聞こうと思ったけどさ」 先ほどまで我関せずを決め込んでいたフローだが、依頼と聞いた途端に一歩前に進み出た。 ティンとリタには、心なしか彼女の瞳が輝いて見える。 「そう。言っておくけど、彼女はランクBの実力あるクエスターよ。 その彼女を一日拘束するということは、彼女自身はもちろんチームを組んでいる私達の一日分の稼ぎを奪うことだって、分かってるわよね?」 「すごい! ティンさんってお強いんですね! ええ、もちろんそれを上回る報酬を出させていただきます」 「話が分かるじゃない。お互い良い取引が出来そうで、何よりだわ」 「ちょ、ちょっと、あの?」 ギルドを通して依頼を受けて報酬をもらう人間の事を一般にクエスターというが、形態化されている以上そのクエスターにもランクが付けられている。 ここで言うランクBとは、いわゆる中堅程度といったところか。 それはともかく。 先ほどまで話の中心だったティンだが、今やまるっきり彼女なしで話が進行している。 フローのあまりの自然かつ堂々とした交渉に口を挟む隙のないティン。 「デート中の娯楽や食事にかかる、いわゆる『デート代』はもちろん僕が出します。 なんせデート、ですからね! それからもちろん報酬として、皆さんがクエスターとして一日分に稼げるはずだった金額。 更に前金もいくらかお支払いします。だからあの、一つお願いが」 「何?」 「今のティンさんももちろん素敵なんですが、やっぱりデート、ですので。 少しだけ特別、を意識してもらえると嬉しいです」 「……ああ、その為の前金って訳ね」 「え、どういうこと?」 スッと納得したフローに対して、リタは話の流れが読めないようだった。 リタの小声の一言に、一段落着くまで話に入るのを諦めたティンが同じく小声で返す。 「多分そのお金でオシャレな格好してこいってことじゃない?」 「あ、なるほど。僕デートとか全然したことないから分かんなかったよ……」 「まああたしもないけどね……」 「フローはあるのかな……?」 「ええ、だってフローって一二歳だよ? いやでもフローくらいしっかりしてたらあるのかな……?」 「じゃあ、明日の十時にここに集合、でいいかしら? もちろんティンとあなたが、ね」 「ってちょっと待ってちょっと待って! もう完全に受ける流れ!?」 「あら、断るつもり? 悪い話じゃないと思うけれど」 「どうかお願いします! 一日だけ僕の運命の人になってください!」 リタとこそこそと陰で話している内にメインの話が勝手にまとまりそうになったところで、ティンは慌ててそちらの話に戻る。 さらりと‘運命の人’などという非日常的単語が飛び出したことにまた心の距離が遠のくのを感じつつも、どうにもこの思考はともかく善良そうな青年に必死に頭を下げられるのは、ティンとしては断りづらいものも同時に感じていた。 「う、うう〜ん……まあ正直かなり魅力的な依頼内容だけど……」 「あっ、やっぱりティンもこういうデートとかに憧れるの……?」 「いやそうじゃなくて! あ、ごめん、えーと、正直デートとかには全然興味ないけど、報酬が……」 「うう、やっぱり旅人さんって現実的な方が多いんですね……いえ、でもそれでもいいんです!」 「あ、うん、なんか本当ごめん……いやまあでもその、恋人のデートとかはよくわからないけど、ラディさん? あなたと楽しくお出かけする、って感じなら出来ると思うし、そんな感じで良ければ……」 「本当ですか! ありがとうございます!」 歯切れの悪いティンだが、それでもラディはティンのその言葉を聞くや否や、興奮と言っていいほど嬉しそうにティンの手を取った。 ティンは手を握りながら一気に顔の距離を近づけて来たラディから目を逸らしつつ、よろしくお願いします……とだけ返すのが精一杯だった。 NEXT MENU |