さて、そんなやり取りから一日後。


同じ場所の同じような時間帯、同じ旅人が一人。
しかしその旅人は一日前と大きく様子が違っていた。


傍を人が通る度にふわりとなびく生成りのワンピースは、通った人間の目をよく惹きつけた。
派手すぎず質素過ぎないそれに、明るい菫色の髪が映えている。
腰よりも長く真っ直ぐな髪は、白い花飾りが編み込まれ丁寧に飾り立られていた。


動きやすそうで簡素な旅装束に身を包んでいた旅人の少女は、今やただの年頃の美しい娘である。


「ティンさん!」


そんな可憐な娘と今日一日を共にできる幸運な青年が、彼女の名を呼んだ。
しかし彼も負けず劣らずの出で立ちと言えるものだ。

柔らかな新緑のような髪と、トパーズのように透き通った瞳。
童顔気味だが十分整っている部類の顔と、それを最大限魅力的に見せる笑顔。
爽やかでどこか高潔なイメージの白いジャケットを羽織りながらも、ボタンをわざと留めず袖も少し捲ることで固くなりすぎないように計算されている。

若く見目麗しい二人は、客観的に見てお似合いの恋人同士であった。


「ラディさん。あ、あの、今日はよろしくお願いしま」
「ティンさん! とってもお似合いです! まるで女神のようです!」
「あ、ありがとうございます」


着慣れない服にソワソワとしながらいつもより固くなっているティンだが、彼は相変わらずティンの手を取って情熱的な表情で詰め寄った。

「あ、そんなに固くならないでください。今日一日僕らは恋人同士なんです、ラディとお呼びください。
 言葉遣いもそんなに気を遣わないで欲しいです」
「そう? じゃあ、えっと、ラディ」
「はい!」

気を遣っているというより距離を取っていただけなんだけど……と思いつつも、ティン自身気楽に話す方が好きではあったので、早速言葉を崩す。
と、ラディはそれはそれは嬉しそうに返事をした。

「じゃあ早速行きましょう、ティン! この町の中心部の並木道が、とっても綺麗なんだそうですよ!」
「わ、わわっ! も、もうちょっとゆっくり……!」
「あ、ごめんなさい!」
 こうしてティンは慣れないヒールでふらつきながらも、ラディに手を引かれ足を踏み出した。




「だ、大丈夫かなあ……」
「最悪大丈夫じゃなかった時の為に私達がいるんでしょう」
「そ、そうだけど……にしても……うう」



ティンとラディが広場から中心部に向かっていく、ちょうどその時、その後ろ。
物陰から二人の少年少女が、彼女達を見つめていた。

そう、ティンの旅仲間の二人、リタとフローだ。
 




先日の、ラディと別れた後のこと。


「やっぱりこういうのって、こう……ピンクのやつとかがいいのかな?」
「ああいうタイプはごてごてな服より『一般人が頑張って着飾りました』程度の方がいいと思うわ。
 いかにも夢見るお坊ちゃまでしょう」
「た、確かにそんな気がしてきた……」
「ティ、ティンはなんでも似合うと思うよ! その、あの、元が可愛いし……」
「あはは、ありがと」

「さて、それからこっちも服を選びましょうか」
「あれ? フローも服買うの?」
「そうよ? 変装用にね」
「え、変装ってまさか」
「あら、万が一何かあってもあなた一人で責任が取れるなら喜んで別行動するけど?」
「付いてくる気!?」
「もちろんバレないようにはするわ。その為の変装じゃない」
「いやそういう意味じゃなくて……まあでも、安全性考えたらそうしてもらった方がいいか」
「その代わり報酬の分け前はもちろん頂くわよ」
「はいはい、分かってますよ。なんだかんだ上手く報酬の交渉してくれたのもフローだしね」
「分かってるじゃない。じゃあ、そういうことだから。リタ?」
「うん! って言っても、僕変装っていまいちよく分かんないっていうか……したことないし……」
「そうね、あなたならこういうのがいいと思うわ」
「え、これって……」





そんな訳で、二人はティン公認で彼女達の後を付けているのである。

前方を歩くティンが、それとなく後ろを振り返る。
が、ラディに声をかけられすぐに前を向き直す。


「まったく、私達の存在がバレたら意味ないじゃない。
 しっかりしてよね。ま、最悪バレても逃げられるようにはしたけれど」
「うううう〜……」


怪しまれない程度に物陰を渡り歩く少年と少女、一人は深めに被った帽子から金髪が覗く少年で、一人は清楚な雰囲気の可憐な青髪の少女であった。
少女、に見える方は落ち着かない様子でロングスカートの裾を握りしめている。


「だからってやっぱりその、お、女の子の格好は……」
「その件については昨日決着が付いたでしょう。
 単純だけれど性別が違うというだけで本人だとは思われづらいし、最悪疑われても親族だと言い張って切り抜けられるって」
「はい……」
「いつまでもうじうじしてる方が女々しいわよ。ほら行きましょう」
「うん……」

つばに手をかけ帽子を深くかぶりなおす少年、もといフローに、未だ納得しきれない顔のリタが続いた。





「わ、すごい。綺麗だねえ〜……」
「本当! とっても素敵ですね!」


一番広く、一番人の集まる通りに二人はいた。

通りの脇には様々な店が並んでいるが、それよりも目を引くのは街道を飾る木々や色鮮やかな花達だ。
所狭し、しかし整然と植えられたそれらに立ち止まる人間も多い。

更に、そんな大勢の人間があちこちでその場に留まっても、通行が阻害されない程度の道幅の広さが確保されている。

「今の時期が一番色んな花が咲いていて綺麗なんだそうです」
「そうなんだ。いい時期に見れてラッキーだね」
「ええ! これはもう、運命ですよ!」
「は、はは……運命かー……」
「そうですよ! 一番良い時期に、花の女神のように美しい女性と一緒にいられる。これはもう運命です!」
「あ、あー……ありが、とう……」


ためらいなく大仰な言葉を使うラディへ返す言葉に困りつつも、予期せずそれを自分への賛辞に使われたティンは、照れから来る羞恥で顔を赤くした。


「て、ていうかさ。あたしには気遣わなくてもいいって言ったけど、ラディはあたしに気遣ってるよね。
 ラディも気遣わなくていいよ?」
「いえ、僕のことは気にしないでください。
 伴侶以外の女性には一貫して丁寧な態度と言葉遣いをするべきだと教えられているんです」
「へえー。流石お貴族様ってやつは違うね。あ、イヤミとかじゃなくて」
「ふふ、お気遣いありがとうございます。ティンは優しいですね。
 ……あ、あそこのお店! とっても素敵ですよ、行ってみませんか?」
「わ、オシャレな喫茶店。ちょっと緊張するけど、でもせっかくだしね」

ラディが自然と差し出した手を、ティンが握り返す。そして二人は一件の喫茶店へと入っていった。



「喫茶店……ちょっと面倒ね。普通の店ならともかく、飲食店内は鉢合わせする可能性が高いわ」
「ティン、結構楽しそうだね……本当にラディさんと駆け落ちすることになったらどうしよう……」


一方、背後の二人。フローはちゃっかりと露店で売っていた花びらの入った棒付きキャンディを手にしている。
しかしリタにはあちこちの華やかな露店に目を向ける余裕はないようで、不安そうな顔で先方の二人を見つめていた。


「それはそれでティンの人生なのだし、仕方ないわ。今回の報酬だけはきっちりもらうけど」
「え、ええっ!? フローはティンとここでお別れでもいいの!?」
「いいも悪いもないわよ。私達がティンを引き留める理由がある?」
「そ、それはその、ないかもしれないけど……でも僕、せっかく一緒に旅してるのに寂しいって言うか……」

「……あなたの場合、それだけじゃないと思うけど」

「え?」
「自分でも気付いてないならどうしようもないわね。
 それより早く店に入りましょ。ちょうどバレにくい位置の席が確保できるといいんだけど」
「あ、うん」


リタに見えないように少しだけ呆れたような顔をするフローと、どこかスッキリしない顔をしているリタも、前方の二人から少し間を開けて喫茶店のドアノブに手をかけたのだった。





「わあ、素敵ですね! お花がのっています!」
「すごい、食べるの勿体ないねえ……」


通りに面した席に案内された二人は、大きなショーウィンドウから降り注ぐ光に照らされるケーキとティーカップを前に、感嘆の声を上げていた。

明るい色使いだが派手すぎない雰囲気の店内。
二人のように若いカップルを中心に、店内の客は若者が多い。
クリーム色のワンピースに白いエプロンをしたウエイトレスが忙しそうに歩き回っている。


「それにしても、ちょっと落ち着かないかも。こんなオシャレな店でケーキなんて食べるの、初めてだし」

ふわふわした白いクリームに包まれたケーキを見つめながら、ティンはどこか落ち着かない様子だった。
ラディは不思議そうにティンを見つめる。

「そうなのですか? 一緒に旅をされてる方とは?」
「あー、リタとフローはね、結構最近知り合ったばっかりでさ。
 その前はあたし、ずっと一人で旅をしてたから。一人だとこんなとこ来ないし……」
「一人で!?
 例えお仲間がいても大変そうなのに、一人でなんて……僕には到底想像できない世界です」
「んんー、まあ、そりゃ色々大変なこともあったけどねー。でもあたしには貴族の生活の方が想像できないや」


目を丸くしているラディに、ティンは笑いながらケーキにフォークを刺す。


「そうですか? 僕の生活なんて、そんな大層なものではないですよ。
 ……そうだ! 良かったら、ティンの旅のお話を聞かせてくれませんか?」
「え? もちろんいいけど……うーん、そうだなあ。
 じゃあ、とりあえずこの町に来る前の話でも……」



「なんかすごい盛り上がってるみたいだねえ」

そして、通りからは反対側の店の奥の席。

フローが
「ボク、ちょっと体が弱くて。あんまり日の光が当たらない席に案内して欲しいんです」
と言って店員に案内させたその席は、ティンとラディを監視するにはちょうどよい席であった。


「あんなに楽しそうにしてるティン、初めて見た……」


時には笑い、時には真剣な顔で話している二人を見つめ、リタは不安げどころかもはやあからさまにがっくりと肩を落としている。

「あなたも誘ったらいいじゃない、デート」
「え、ええ!? だってそんな、そんな……!」

湯気の立つ紅茶を冷まそうと息を吐くフローに、リタは真っ赤になった顔の熱を冷ますように両頬に手を当てた。
白いブラウスに紺色のロングスカートという姿を合わせるとまさに年頃の少女といった様で、微笑ましく見える。

実際のリタは男である訳だが。

「女の子をデートに誘うなんて……」
「あら、一対一で誘えないなら、私も行ってあげてもいいわよ。もちろんあなたの奢りね、リタ」
「本当に!? わー、僕友達と喫茶店でお話だなんて経験ないから、楽しみだなあ。
 一応今は遊びに来てる訳じゃないし……」
「……あなた、本当にそれでいいの?」
「えっ、何が?」


屈託のない笑顔で返すリタには流石にフローも、からかうような笑顔を瞬時に消して今度こそハッキリと呆れた顔をせざるをえなかった。





「んん〜っ、ケーキもお茶もすごく美味しかったね!」
「はい! それにティンのお話、とっても面白かったです。すごくドキドキしちゃいました」
「そう? なんか聞いてもらうばっかりになっちゃったけど……そう言ってもらえると嬉しいよ」
 

チリン、と扉についたベルが鳴る。店員の見送りの言葉を背に扉をくぐる二人の顔は満足気だった。


「あ、この後どうする?」
「そうですね、時間的にはお昼をいただくのにちょうど良いですが……お腹、空きました?」
「うーん。いっぱいではないけど、さっきお茶とケーキ食べたしね〜」
「ですよね。この辺りは美味しいレストランもあると聞いたのですが、今はやめておきましょうか」
「そうだねえ……あ、待って。じゃあ露店で食べ物買って、軽く済ますのはどう?」
 

そう言ってティンが見た先には、棒付きキャンディや大きなクッキーなどの見た目が可愛らしい菓子類から、具が溢れんばかりのサンドイッチや湯気の立つスープを始めとした軽い食事、それから町を飾る花々を花束やアクセサリーにしたもの、と様々な品物を扱った露店がずらりと並んでいた。


「わあ! 僕露店って初めてです!」
「あはは、今度はあたしの方が得意分野って感じだね。どれがいいかな〜」
 
ほんの数時間前に喫茶店でソワソワしていた自分を思い出して笑いつつ、ティンはラディの手を引いて露店の並ぶ通りに向かう。

食べ物の露店に近づくほど食欲をそそる匂いが強くなり、二人は自然と口元が緩んだ。


「どれにしようか迷っちゃいますね! ティンのオススメはありますか?」
「ええっ!? うーん、やっぱどうせならここでしか食べられないやつとかがいんじゃないかな?
 例えば……あっあれとかどう?」
 

ティンが右手で指した先には、一際目立つ看板を掲げた店があった。
ラディが近寄って看板の文字を読み上げていく。


「えーと、‘特産のエメラルド・レタスを使用しています’……エメラルド・レタス?初めて聞きました」
「あたしも初めて聞いたなー。どれどれ……わ!」


看板から店の品物に目を向けた二人は、揃ってとても驚いた。

二人の目線の先には透明なショーケースがあり、その中には大きめの瓶に詰められた野菜、つまり瓶詰のサラダが並んでいる。
二人が食い入るように見つめているのはその中身で、主役となるレタスと思しき葉物。
普通より濃い目の色合いに、何より透き通った半透明色だった。

「エメラルド、ってそういうこと!?」
「すごい! 綺麗ですね〜……」
「お二人さん、観光客かい? なら是非買ってきなよ! これはここら辺でしかお目にかかれない、珍しいレタスなんだ」
「ねえねえ、折角だからこれにしない? お肉とかも入ってて、結構食べごたえもありそうだし」
「ええ、僕すごく食べてみたいです! すみません、二つお願いします」
「はい、毎度!」
 
言うや否や店主はショーケースから二つの瓶を取り出し蓋を開け、慣れた手つきでドレッシングをかけて再び蓋を閉める。
宝石のように美しい野菜に、ハムで綺麗に形作られた花、黄金色のソース。
光を反射してきらきらと輝くそれは、見た目にも大変美しい食品だった。


「いいねえ、こんな可愛い彼女と一緒で!」
「はい、幸せです!」
「あっはっは! 素直なお兄ちゃんだ!」
 

そんなやり取りをしながら品物と代金を交換している店主とラディに、ティンは照れながらも苦笑いをしていた。
冷蔵保存されていて冷たい瓶と紙のフォークを彼から一つ受け取る。

「それじゃ、行きましょうか」
「どっか座れるとことかあるかなあ」
「あ、それならこの先に広い公園があるそうなので、そこに行きませんか?
 そちらにも季節の花々が咲き乱れていて、大変美しい景色だそうですよ」
「いいね、じゃあそこに行ってみようか」
 
こうして露店から離れた二人は、次は公園へと向かうのだった。





「味は普通のレタスね。けど、イリスに持って帰ってあげたかったわ」
「イリスさん? お友達?」
「友達というか……ま、そんなとこかしら」
「そっか〜。僕もリアに見せてあげたかったなあ」
 

さて、見張り役の二人。
片手に例のレタスが入ったサンドイッチを持ちながら、木陰で様子を伺っていた。
 
相変わらずティン達は和やかな空気で、今はベンチに座ってランチを楽しみつつ歓談しているようだ。
距離が離れている為、会話内容は相変わらずリタとフローには窺い知れない。


「はあー、それにしてもラディさんはすごいなあ。会ったばかりのティンと、あんなに楽しそうにお話できるなんて」
「ま、お貴族様なだけあるわね」
「フローもああいう人だったらデートしてみたいって思う?」
「さあ、してみないと分からないわ。けどまあ、分かりやすい人種は嫌いじゃないわよ」
「女の子ってそういうものなの?」
「その短絡思考はどうかと思うわ。大体にしてそもそも、あなたは女の子にモテたいの?」

「えっ!?
 い、いや、えっと、僕もやっぱり恋って興味はあるけど、その、
 色んな女の子に好きになってもらいたい訳じゃなくて……
 一人の素敵な子と素敵な恋が出来たらいいなあって……」

「ティンとか?」

「ティ、ティン!?
 た、確かにティンは強くて優しくて綺麗ですごいなあって思うけど……
 そもそも僕、今までそういうのとは縁がなかったから、実は恋ってよく分からなくて……フローは分かるの?」

「一二歳の女の子に聞くことかしら?」
「恋に年齢は関係ないって聞いたし!」
「……どうかしらね。それより二人が立ち上がったわよ」
「え? あ、本当だ」
 


そう言われてリタが視線をティンとラディに戻すと、二人はベンチから離れて行くところだった。
リタとフローも、二人を見失わないように続かざるを得ない。
 
恋かあ、とリタは一人思案する。

ティンやフローのことは仲間として好きで、確かに二人に対しての好きはそれぞれ違う。
フローは妹みたいな感じだし、こうして二人で一緒にいても楽しいだけでドキドキはしない。

ティンは? 妹とは違うし、年の近い友達。
でも女の子の友達って初めてだから、よく分かんないことが多いんだよね。


じゃあ、もし仮に手をつないで町を歩いたら?
更にもっと恋人みたいなこと、とか……。


ここまで考えを巡らせて、リタは一人顔を赤くした。
そうしてブンブンと頭を横に振って、ハッキリとした答えの出ない問いを断ち切る。

そう、今は他にやるべきことがあるのだと自分に言い聞かせるのだった。





その後もラディとティンのデートは穏やかで、平凡で、だからこそ完璧であった。


花畑に囲まれた道を二人でのんびり歩き、民芸品や可愛らしい雑貨の店を見て回り、町中で歌う詩人の歌に聞き入ったり、移動中も二人の話題が途切れることはなかった。

そしてその空間に、リタとフローが鉢合わせることもなかった。


それぞれにとって長い時間であり短い時間であった今日は等しく終わりに近付いていき、今や日は沈みかけていた。
少し小高い丘の大きな木の下、夕日に照らされ二つの影が伸びている。


「ティン、今日はありがとうございます」
「ううん、こちらこそ。これは依頼って形だったし報酬ももらうけど……でも、楽しかったのは本当だよ」
「そう言ってもらえると、本当に嬉しいです。あなたはやっぱり素敵な人でした、ティン。
 昨日あなたと出会えたことを、神に感謝します」
「いや、そんな大袈裟だって……。ラディがいい人だから、あたしもいい人でいられたんだよ。
 きっと許嫁さんとも幸せになれると思う」


薄暗くなり始めた世界の中、ティンは明るく笑った。
ラディも同じく。

けれどオレンジ色の光を受けて濃い影を落とす彼の表情は、満たされているようにも悲しそうにも見えた。


「本当は、色々と未練がないって言ったら嘘になります。
 けれど昨日言った通り、僕は夢ばかり見て全部を台無しにしたい訳じゃないんです。それは本当です」

「うん。
 それにこんなこと言うのは無粋だって分かってるんだけど、でもあたし、やっぱり恋とかってまだ分かんないかな。
 今日は楽しかったけど、動きやすい服を着て剣を構えて冒険してる時の方が、あたしらしい気がするんだ」

「ええ、僕もそう思います。だって、旅の話を聞かせてくれている時のあなたが一番輝いて見えました。
 あなたがあなたらしくいる為に傍にいるべきなのは、僕ではなくてお仲間の方達なのでしょうね」
「ふふっ、まだ出会って日は浅いし、意見が合わないこともしょっちゅうあるけどね。
 それでも一人で旅をしてた頃より、ずっと充実してる。
 ……あ、恥ずかしいからあの二人には内緒にしてね?」
 

眉尻を下げてはにかむように笑うティンに、ラディは今度こそ彼らしい朗らかな笑顔を見せた。


「では、これ。僕からのプレゼントです。受け取ってください」
 

そう言って彼が手渡した袋は、贈り物にしてはシンプルな見た目だが頑丈な作りの袋。
ティンが受け取った瞬間、中で金属が擦れる音がした。

ティンはそれが報酬の金貨が入った袋であると分かったが、ただ一言、ありがとう、とだけ返す。


「それでは、さようなら。旅を続けるあなたに、いつか立派な人間になった姿でお会いしたいです。
 その時にはきっと、妻と……子供なんかも紹介できるといいですね」
「うん、楽しみにしてる。きっとまた、いつか」
「はい!」


そう言ってラディは最後に格式ばった一礼をして、ティンに背を向けた。

すっかり日は沈み、星が夜空に煌めき始めている。
ラディが完全に闇に包まれて見えなくなった頃、青い髪の少女と帽子を被った少年が、残された可憐な娘に近付いていった。










「いやー、昨日はすごい一日だった……」


飾り気はないが、きっちりと結われた薄紫色の髪。
若葉色の動きやすそうなジャケットと、余計な装飾のないシンプルなワンピース。
腰には剣を収めた鞘がベルトで吊られている。

朝食を済ませ出発の準備を整えた三人の中には、‘いつもの’ティンの姿があった。


「昨日の格好も似合ってたけど、ティンはやっぱりその恰好が一番似合うね」
「あはは、あたしもやっぱこれが一番落ち着くなー」
「やっぱりいつもの格好が一番いいよね……」

そう言いながら目線を明後日の方向に向けるリタも、白と黒で統一された法衣にズボンの姿だ。

「ま、私は別になんでもいいけど。それより早く行きましょ。
 昨日は割のいい仕事をこなせたとは言え、怠けてられないわ」
「はいはい、フローさんはしっかりしてらっしゃることで」

紫色のワンピースを翻しながらスタスタと先を歩くフローに、ティンとリタも続いて歩く。

「ちょうどいいクエストがあるといいんだけど」
「そうね、デートするだけで高額の報酬がもらえるクエストとか?」
「そういうのはもういいよ……」
 
金色のツインテールを揺らしながら珍しく楽しそうなフローに、ティンは辟易した様子でため息をついた。


「あ、ね、ねえ!
 その、デートじゃないんだけど、次のクエストが終わったら、三人で遊びに行ってみない?
 あそこら辺って本当に色んなお店があるみたいだし」
「あ、それなら行きたいな。友達と遊びに行くなら大歓迎だよ」
「もちろん今回一番儲けたあなたがお茶くらい奢ってくれるのよね? ティン」
「えーっ!? いやいやそれはないでしょ!」

 
こうして三人は今回もクエストを一つ達成し、そうしてまた次のクエストを探しにギルドへ向かうのだった。









〜Fin〜




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