硝子の割れる音。怒鳴り声。壁に何かが叩きつけられたような、鈍い音。
そしてその被害を一身に受けて、震える少女。
ああ、今日もまた同じ。同じ事の繰り返し。よくもまぁあの人達も飽きないもんだね。





恋愛契約
〜きっかけ〜


つい数週間程前にこの世に生み出された、新しい命。いや、「創りだされた」って言った方がいいのかな。
人と様々な生き物の遺伝子を掛け合わせて創られた少女。
まだまだ彼女の事はほんの一部しか調べてないからはっきりした事は言えないけど、成功したって言えるんじゃないかな。ほぼ間違いなく。
だって彼女は運動神経も、五感も。人間の数倍の能力を持っている。
それでいて、人間と同じ知能も持っている。

完璧。……そう、生体兵器としてね。


でも能力は生体兵器としては完璧だけど、他の部分はまだまだかな。
例えば、そう、あの性格。
いつも何かに怯えた目をして、俯きがちに、途切れ途切れに話す。悲しむか怯える以外の彼女の顔、見た事ない。

生まれたばかりの彼女は赤ちゃんみたいなものだし、加えて生まれてから毎日ずっと実験ばっかりじゃ、あんな卑屈で後ろ向きな性格にもなるだろうけど。
むしろ正気を保ってられるだけまだマシなのかも。
だけど、彼女の場合そのままじゃダメなんだよね。生体兵器としては使えない。

……そこら辺は追々分からせてあげるしかないかな。死なない程度に。



さて、それはともかく。

ここ最近そんな彼女の性格をいい事に、日頃のストレスを彼女にぶつける研究員が結構いるんだよね。
彼女に関する研究は、いい結果ばかり出ている訳じゃない。
人と他の生物を掛け合わせた生体兵器の研究自体は結構昔からされてたみたいだけど、ちゃんと成功したのは今回が初めてなんだってさ。
だから調べなきゃいけない事、片付けなきゃいけない問題はたくさんある。それがこの結果って訳。

ま、別にどうでもいいんだけどね。
さっきも言ったとおり、死なない程度なら彼女がどうなろうと知ったこっちゃないし。
……でも今回だけは、何故か。
これが俗に言う「手が滑った」ってやつなんだろうね、きっと。
彼女を痛めつけていた研究員が去った後、一人取り残され地面に座り込んだままの彼女に、

「大丈夫ですか?」

思わず手を差し伸べてしまった。もちろんいつもの「いい人の笑顔」と「いい人の態度」で。
理由なんて分からない。実験対象の、いわゆるモルモットにまで気を遣うなんて、僕って相当「いい人」やる癖がついちゃったのかな。
僕が心の中で自分に半分呆れていると、ずっと彼女は目を丸くして僕を見つめていた。

へー、驚くってのは新しい表情パターンだね。別にだからって何がどうなる訳じゃないけど。
とか、そんな事を思ってたら、



「あ、ありがとう……ございます……!」



これには流石の僕もびっくりした。多分、僕もさっきの彼女みたいに目を丸くしてたんじゃないかな。
毎日悲しむか怯えるかの二パターンしかなかった彼女が、うっすら微笑んでいる。
紫色と黄色のオッドアイを細めて。僕を見上げるようにして。


その後彼女は僕の手を借りて立ち上がって、ぱたぱたと走って行ったんだけど、僕はしばらくその場から動けなかった。
さっきの彼女の表情が、頭から離れない。それ程までの衝撃。

……毎日変化のない、つまらない生活を送っている僕だから。実を言うと彼女が生まれた時、少し何かを期待したんだ。
つまらない毎日に、何か楽しいことが起こらないかって。
未知の存在である彼女によって、新しい何かが起こらないかって。

結果、結局つまんない毎日はつまんないままだった。
彼女は何をされても、無言で泣いてるだけ。泣いてるだけのお人形さんなんて、つまらないだけ。


……でも、それもさっきまでの事。
彼女はお人形さんなんかじゃなかった。あんな表情もできるんだ。
ちょっと面白くなってきたんじゃない?
彼女は何を考えて、毎日あの檻の中で過ごしているんだろうね。

ああ、僕がここまで他人を気にかけるなんて。
やっぱり彼女は未知で、異質な存在。それが変化のない毎日に慣れた僕の心を惹く。


明日からは、このくだらない研究もちょっとは楽しくなりそうだ。





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