二人は今までの疲れも忘れ、洞窟のある方へと駆け出した。 しかし近付くにつれ、何故か激しい戦闘音が聞こえ、二人は一抹の不安を覚える。 そしてその不安は、どうやら的中してしまったようで。 戦闘をしているのは、やはり先程の少女だった。 相手は少女の何倍の大きさもあるモンスター。 形状は……恐らく、キノコ。 普通に食卓に並ぶ物とは違い、自我を持って人間を襲っている。恐らく何かの原因で異常発達してしまったのだろうが……。 「ティ、ティン!」 「分かってる! あたし達も戦うよ!」 今重要なのは、そんな事ではない。そのキノコのモンスターが、洞窟の入り口を塞いでいるという事である。 ティンが剣を構えそいつに斬りかかっていくと、ちょうど少女に襲い掛かっているところで、間一髪腕らしき部分を斬りおとした。 「……何よ、あなた達。足手まといは引っ込んでてちょうだい」 「助けてあげたのにまたそういう事言う! ……まぁ今はそんな事言ってる場合じゃないか。 あたし達だって、あそこに入りたいんだから! 戦うしかないでしょ!」 攻撃をかわしながら、言葉を交わす少女とティン。そしてその間にリタは回復魔法を唱えた。 すると少女を癒しの光が包みこんだ。 「……あの、迷惑だったらごめんなさい。でも、君、結構傷だらけだったから……」 「……お人よし」 一瞬リタの方をちらりと見たが、少女はそれだけ言ってまたモンスターに目を向けた。 「ねぇ、君の火の魔法じゃ倒せないの?」 「小さい火じゃ、あのでかい図体を燃やしきれない。かといって一気に燃やすほどの術は、詠唱に時間がかかるわ」 「そっか……」 やっとの事で攻撃を避けているリタに対し、少女は軽い身のこなしで攻撃を避けながら会話している。 そう、強力な魔法になればなるほど、長い詠唱を必要とする。 そして詠唱をしている間は無防備な為、魔法使いは基本誰かと行動を共にするしかない。 が、少女は恐らくよっぽど自分の腕に自信があるのだろう、一人で行動していた。 しかし今回はモンスターが少女の想定外の強さだったのか、苦戦しているようだ。 「魔法がダメなら、一気に切り裂くしかないでしょ!」 「……ちょっと、待」 それを聞いていたティンが、何かを言いかけた少女をよそに一気に相手との間合いを詰め、剣を振り上げようとした瞬間、 「きゃっ!?」 あたり一面に、紫色の粉が吹き上がった。 攻撃される寸前にモンスターがばら撒いた、胞子だ。 「しばらく息を止めて!」 その瞬間、少女の鋭い声が響く。 「え?」 「胞子を吸わないで!」 意味は分からなかったが、とりあえず反射的に息を止める二人。 その間に少女が何か呟くと炎が爆発し、その爆風で胞子はあらかた吹き飛ばされた。 「……げほっ! い、今のは何!?」 「あれを吸い込んだら最後、眠ってしまうの。それで今まで何人もの人間がやられたわ」 一度相手から距離をとったティンが聞くと、少女がそう答えた。 そして更に、少女は続ける。 「それにどっちにしろあいつを倒すには、一気に炎で焼くしかないのよ。 さっきあなたが斬った部分、見てみなさい」 「……嘘! 元に戻ってる……!?」 ティンとリタがモンスターに目を向けると、少女の言うとおり、先程斬りおとした部分は何事もなかったかのように復活していた。 「じゃ、じゃあどうすれば……」 「……仕方ないわね。ここは、協力するしかないわ」 「ええ!? あたし達と、あんたで!?」 「そうよ。何か不満でも? それともここでみんな仲良く死にたいのかしら?」 答えは一つしかない。 しかし依然少女の態度が気に入らないティンは、渋い顔しかできなかった。 「ティン! そうしようよ! だって、あいつは一人じゃ倒せないモンスターなんでしょ!? そこで僕達三人が出会えたのは、きっと奇跡だよ! ならその奇跡を生かさなきゃ!」 しかしリタが杖を握り締めながらそう叫ぶと、ティンも覚悟が決まったようで、 「……奇跡、か。そうだね、きっと今日のあたし達、運が良いんだよ」 苦笑いしつつも剣を構え直して、そう答えた。 「そうね。まぁ他人と協力なんて、普段はガラじゃないのだけれど」 「あんたはいかにもそーだろーね……」 そして少女の言葉に呆れたような素振りを見せるが、すぐに表情を引き締める。 「……で? 協力ったって、どうすんの?」 「簡単よ。あなたが囮になってくれてる間に、私とそこの彼は魔法の詠唱。そして攻撃」 「えっ、僕も!?」 「当たり前でしょ。炎の熱と光の熱で、燃やし尽くしてやるのよ」 「……囮とか言われるとやる気なくすんだけど。まぁもうなんでもいいよ。じゃ、二人とも任せたからね!」 そう言ってティンは二人より前へ飛び出し、しかしある程度の距離は保ちつつ応戦する。 ティンがそうしている間に少女は手近な木の枝を拾い、地面に丸い円と文字を描く。……魔方陣だ。 「いい? この中央に立って、ここに描いた詠唱文を詠み上げるの。失敗は許されないわ」 「う、うん」 「じゃあ、早くこっちに」 リタは言われるがまま少女の描いた円の中心に立ち、少女もその隣に立つ。 「いくわよ……」 リタは少女の言葉にうなづくと、少女と一緒に魔法の詠唱を唱える。 精霊の言葉で紡がれる詠唱文は、ティンには短いようで長く感じられた。 「まだー!?」 「……今よ!」 「お願い……!」 リタと少女が詠唱文の最後の仕上げ、術の名前を叫ぶ。 すると地面に描かれた魔方陣が輝きだし、それを見たティンが後方へ下がる。 数秒後に激しい爆発音と熱気、そしてまばゆい光が辺りを覆った。 しばらくは煙が辺りを覆っていて何も見えず、緊張の時が続く。 しかし煙が晴れるとそこには先程のキノコの燃えカスらしきものが散らばっており、それが作戦の成功を物語っていた。 「や……やった!」 「良かった、本当に良かったよ……!」 「ま、当然ね」 ティンとリタは顔を輝かせ、今まで無表情だった少女も小さく笑う。 三人それぞれ、先程までの緊張感から開放され、勝利の喜びを味わっていた。 「……そういえば、やっぱり最近人が来れなくなったのって、さっきのモンスターがいたせいかな?」 しかしふとリタが不思議そうな顔で湧き上がった疑問を口にすると、ティンも同じく不思議そうな顔をした。 「そうじゃない? でも、前は人が来てたってことは、いなかったって事でしょ? どうしていきなり……」 「月の魔力の影響を受けて育ったキノコが人目につかない場所で育ってて、成長したとこで出てきた……ってとこかしら」 「月の魔力?」 さらりと答える少女にリタが聞き返すと、少女は少し呆れた様子で、 「あなた、まさか知らないの? 『月の雫』が何でこの森にしかないと思う? この森には、月の精霊が棲むと言われているからよ。 だから植物達が月の魔力の影響を受けて、『月の雫』みたいな植物が出来たり、あんな化け物が出来たりするんじゃない」 モンスターの燃えカスに目をやりつつ、この森の秘密を二人に話したのだった。 「全然知らなかった……」 「あたしもそこまで詳しくは……魔法の事なんか縁がないしさぁ」 驚いた表情の二人に、少女は長いまつげを伏せ、呆れた表情でため息をつく。 「行く場所の事くらい、調べるのが常識じゃない?」 「う、だってそんな、急に行く事になったから仕方ないって言うか」 「ご、ごめん! 僕、慌ててて、とにかく急いで出てきたから……!」 「あ、いや別にリタを責めてる訳じゃないんだけど」 「……ま、いいわ。じゃ、私、無駄な時間は使わない主義だから」 そして二人がそんな事を言っている間に、少女は洞窟の入り口へとスタスタ歩いて行く。 「あ、あたし達も行こう、リタ!」 「うん!」 二人は慌てて少女を追いかけ、洞窟の中へと入っていった。 「ねぇ、そういえば君、名前は?」 結局暗い洞窟をリタの光魔法で照らしながら、三人は一緒に奥へ向かっていた。 まぁ、結局洞窟内も一本道なので、もう少女も諦めたらしい。 「……知らない人に名前を聞かれても教えるなって、言われているのだけど」 「成り行きとは言え一緒に戦った仲なんだから、名前くらいいいじゃん……ああ、あたしはティン」 「僕はリタ・レイシア。よろしくね」 「よろしくする気はさらさらないのだけど、まぁいいわ。私はフロナージュ・レインディア。フローでいいわ」 静かな洞窟の中、三人の話し声だけが反響する。 フローと名乗った少女は、仕方なく、と言った風にそう答えた。 「大体あなた達、私が敵だって事、忘れてないのかしら? もし『月の雫』が一本しかなかったら、私はあなた達を蹴落とす気しかないわよ」 「そ、それは分かってるけど……その……」 フローの鋭い言葉にリタは言葉をにごして俯く。 そんな様子の彼を見てフローは、 「……本当にお人よしなのね」 再び呆れたように、呟いた。 「まぁまぁ、そんな『月の雫』を見つける前から喧嘩しても疲れるだけだって」 そんな二人の様子にティンが苦笑しながらそう言えば、リタはぱっと顔を輝かせた。 「そ、そうだよね! もしかしたらいっぱいあるかもしれないし!」 フローは何度目か分からないため息をついただけで、もう何も言わなかった。 しばらくそんな調子で歩いていくと、リタの物とは違う、ほのかな光が見えた。 三人は心なしか早足でそこに向かって進み、辿り着いた瞬間、言葉を失う。 そこには岩の洞窟の中だと言うのに、一面の花畑が広がっていた。 清楚で美しい白い花が淡く発光していて、その光がこの空間を包み込んでいる。 その幻想的な光景と言ったら、なんと美しい事か。 三人はしばらく時間も忘れて、その光景に魅入った。 「……これが……月の光……?」 「綺麗……」 「……こんな光景が、まだあったなんてね」 やっとの事でリタが口を開くと、二人も言葉を発した。 しかしその後はまた三人とも言葉を失い、ただ「月の雫」が発する光に見とれるしかなかった。 「……って、そ、そうだ! は、早く持って帰らなきゃ!」 「あ、そうだ! 見とれてる場合じゃなかったね!」 しばらくしてふいにリタが我に返るとティンも同じように現実に引き戻され、本来の目的を思い出して慌てる。 「こんだけいっぱいあるんだから、取り合いなんてしなくていいよね?」 「……そうね。むしろ持ち帰れないくらいだわ」 ティンがフローの方を向きそう聞くと、彼女は「月の雫」を摘みながらそう答える。 リタも一輪摘み取ると、途端にそれは光を失い、普通の白い花となってしまった。 「……ごめんね。でも、君の力が必要なんだ」 リタはそう言いながら、摘み取った「月の雫」をそっと胸に抱いたのだった。 「さぁ、早く村まで戻ろう!」 急いで洞窟を後にし、二人は入り口へと向けて駆け出した。 木々の間から見える空の色ははっきり見えないが、入ってきた時間を考えると、恐らくもう日が落ちるまであまり時間はないだろう。 何故か急ぐ必要のないフローまで駆け出し、二人を追いかけてきた。 ……ちなみに彼女はポシェットいっぱいに「月の雫」を採ってきたようだ。 どう見てもポシェットの容量を超えていた気がするのだが、二人とも急いでいる為気付いていない。 「あれ、フローちゃんどうしたの?」 「ストーカーは犯罪じゃなかったの?」 「何が楽しくてあなた達にそんな事しなくちゃいけないのかしら。日が暮れる前に森を抜けたいだけ」 走りながら会話する三人の目の前に、あの吊り橋が見えてきた。 流石にここでは立ち止まり、一人ずつ慎重に、しかしなるべく急いで渡って行く。 「ねぇ、あなた。リタと言ったかしら?」 「う、うん?」 「ついでに聞いてみたいのだけど。あなた、『月の雫』なんて何に使うつもり?」 「ついでって……」 吊り橋を渡りながらふと思い出したようにそんな事を聞くフローに、ティンが呆れたような声を出す。 リタは吊り橋から落ちないことに精一杯なのか、若干上ずった声で、 「い、妹が、病気で。『月の雫』がないと、治らないって言われ、て」 なんとかそれだけ答えた。 対して平然と吊り橋を渡り続けるフローは、「あら、それは大変ね」とだけ言った。 そんな会話をしている内に、一番先を歩いていたティンが、橋を渡り終える。 そして後ろを振り向いた瞬間、一気に青ざめた。 一日歩きっぱなしだった上、見た事のないような大型モンスターとの戦闘。 ここでついにその疲れが限界に来てしまったのだろうか。 一瞬目の前がぼやけて、気付いたらリタの体は傾いていた。 体重を掛けられた吊り橋はあっさり崩れ、そのまま宙へと投げ出される体。 リタ自身には、一瞬何が起きたか分からなかった。 スローモーションで動く世界。 「リ……ッリターーーーー!」 ティンの叫び声でようやく目が覚めて、自分を支えるものが何もない事に気付き、頭が真っ白になった。 (こ、こんな所で……! 折角、折角「月の雫」手に入れたのに……!) 崩れた橋からどんどん遠ざかって、川が近くなっていく。 (ど、どうしよう……! 僕、泳げない!) 肌で水しぶきを感じ、いよいよ終わりかと思った、そんな時。 ふと、妙な浮遊感が、彼をその場に留まらせた。すぐ後ろに、何故か人の温もりを感じる。 何が起きたかも分からず、リタがとりあえず後ろを振り向くと…… 「フ、フローちゃん!?」 すぐ後ろにあったのは、あの印象的な赤い瞳と二つに結った金色の髪。 「暴れないでちょうだい!」 フローはそれだけ叫ぶと、リタを抱えたまま、浮上していった。 「リタ! 良かった、良かった……!」 なんとか上まで戻ってくると、リタの無事な姿を見て心底安心した様子のティンが、待っていた。 「うん、本当に良かった……! ありがとう、フローちゃ……ん?」 同じくホッとした様子のリタが改めてフローの方を振り返ると、そこには驚きが彼を待っていた。 そこには、フローがいた。 が、しかし。 彼女の背中には……鳥のような、翼があった。 天使のような白い翼ではなく、カラスのような黒い翼。 その異様な光景に息を呑むよりまず、リタは、それから同じく目を丸くしているティンは、その姿にしばし見とれた。 驚きはしたが、何故かその光景に違和感を感じない程、その翼はフローと一体化している、と言えば良いのだろうか。 白、ではなく黒、なのも彼女らしい。 「フローちゃん、それは……」 「……今は説明してる場合じゃないわ。妹さんが大変なんでしょ?」 「あ、うん……」 フローのその言葉に立ち上がり、再び駆け出す三人。途中フローがパチンと指をはじくと、黒い翼は消えてしまった。 しばし無言でただ入り口へ走っていた三人だが、途中リタが何かを思い出したのか、慌てて、 「フローちゃん、あの、本当にありがとう。重かったでしょ?」 と、フローの方へ向き直った。 「……別に。今はそんな事言ってないで、早く森を抜ける事に集中してちょうだい」 フローはリタの方を見向きもせずに、ひたすら前だけを見ていた。 しかしそんなフローの様子を気にした様子もなく、リタは、 「うん、じゃあ村に帰ったら、出来る限りのお礼はさせてもらうよ」 「そうしてもらうわ」 あれから走り続け、三人は何とか無事に村へと戻れた。 ただし既にその頃には辺りは完全に暗く、リタとフローが魔法で辺りを照らしながら、強行突破してきたのだった。 リタは急いで家に帰り、医者に採ってきた「月の雫」を渡し、ティンとフローはもう夜も遅いので、今日はこの村に泊まって行く事にした。 「月の雫」を使った薬は何とか完成し、それを飲んだリタの妹は、段々と落ち着いていったようだ。 そんな慌ただしい夜を過ごし、そして、朝。 宿屋のティンの部屋の扉を叩く音。 ティンが返事をすると、扉はがちゃりと開いた。 「あっ、リタ! おはよう、妹さんは!?」 「もうすっかり元気になったみたい」 「良かった……!」 「うん、本当に良かった……」 そこには、一晩中妹に付きっきりだった為少々疲れが見えるが、嬉しそうな笑顔のリタがいた。 「あ、それでえっと、ティン達はもう行っちゃうんだっけ?」 「うん、元々ここら辺に長く居る気はなかったし……。フローもさっさと手に入れた『月の雫』を売りたいとか言ってた」 旅支度をしながらそう答えるティンに、先程とは打って変わって、内心嬉しくないリタ。 しかし顔には出さず、笑顔のままで、 「そっか。あ、ごめんね、あんまり大したお礼とか出来なくて……」 とだけ言った。 そんなリタの内心は知ってか知らずか、 「あ、ううん、宿を提供してくれただけでもすごく助かったし」 笑顔でそう答えるティン。 実際、宿代が浮いただけでも旅人のティンにとってはかなりの助けだった。 「そう? それなら良かったんだけど……。でも、それも僕のおかげじゃなくて、おじさんおばさんのお陰だし」 リタの両親が死んでからは、近所で宿屋を営んでいる中年夫婦が、彼ら兄妹の面倒をよく見てくれていた。 実際リタの妹はその宿屋で働かせてもらっている。 夫婦には子供がおらず、二人を可愛がってくれ、彼らのおかげでレイシア兄妹は、両親がいなくてもつらい思いをする事は少なかった。 その縁で今回ティンとフローが宿屋の夫婦から感謝され、二人の宿代が無料になったという訳だ。 「ううん、それ以外でも、実は結構リタに感謝してるんだ。 まぁ今回は収穫がなかったっちゃなかったけど、でも、中々楽しかったし」 「そんな、僕の方こそ、一緒に来てくれて、本当に感謝してるよ……!」 リタがあわあわとそう言うと、ティンは「どういたしまして」と笑った。その笑顔が、更にリタを複雑な心境にさせる。 「……じゃあ、こっちこそ慌しくて悪いんだけど、もう行かなきゃ」 「……あ、ごめん、じゃあ引き止めちゃって悪いんだけど、その、おじさんとおばさんと、リアも呼んでくるから、入り口で待っててくれる?」 「そんな、わざわざ見送りなんていいのに。妹さんも、病み上がりなのに無茶させていいの?」 「ううん、リアも自分を助けてくれた人に、ちゃんとお礼が言いたいって言ってたし」 「兄妹そろって律儀だねぇ。じゃあ、待ってるよ」 そうしてティンは部屋から出て行き、リタは宿屋夫婦とリアを呼びに行った。 「本当に、本当にありがとうございました!」 「そんな、いいって。それに一番頑張ったのは、きっとあなたのお兄ちゃんだよ」 「でも、そんなあなたにとっては他人のお兄ちゃんに、一緒に付いて来てくれて……。私、尊敬しちゃいます」 「あはは、ありがとう」 宿屋の入り口では、リタと、リアと、そして宿屋夫婦がティンを見送っているところだ。 リアはリタと同じ青い髪と青い瞳、シンプルなロングスカートがよく似合う。そしてやはりリタと同じく心の優しい、清楚で可憐な少女だ。 若干やつれているようだが、嬉しそうにティンと会話するその姿は、もうすっかり元気な様子。 「もう一人の方にもお礼が言いたかったのですけど、もう行ってしまわれたようですね……」 「大丈夫、なんていうか、彼女はそういう人なんだと思うよ」 少し残念そうにリアがそう言うと、ティンは苦笑しながらそう答えた。 するとリアは不思議そうな顔をしたが、再び笑顔に戻り、 「では、本当にありがとうございました!」 ティンに向かって、深くお辞儀をした。 「私達からもお礼を言わせてください。旅のお方、リアちゃんを、そしてリタ君を助けてくださって、本当にありがとうございます」 「またこの村に立ち寄る事があったら、是非我が宿にまたお越しください」 リアに続いて、宿屋の夫婦もティンに頭を下げてお礼を述べる。それにティンは笑顔で応え、 「はい、絶対また来させていただきます! それじゃリタ、じゃあね。 ……ううん、きっとまた会いに来るから! またね」 一歩、また一歩と歩き出した。 「……うん、またねっ!」 そしてリタが力いっぱいそう叫ぶと、一度だけ振り返って、手を振った。 「……行っちゃったね」 「うん……」 「お兄ちゃん、追いかけなくていいの?」 「え。な、何で?」 内心名残惜しいばかりだったリタは、ぎくりとしてリアの方を振り返る。 「だってお兄ちゃん、昨日私を看病してくれた時ずっと冒険の話を聞かせてくれたけど、すごく楽しそうだったもん」 「う……」 「いっそ、お兄ちゃんも旅に出ちゃえば?」 「ええ!? そんな、何言って……」 楽しそうにとんでもない事を言い出す妹に、目を丸くするリタ。しかしリアは相変わらず楽しそうに、 「いいじゃない。旅なんて今しか出来ないよ、きっと」 と、兄を見て笑う。 「いやいやいや! そんな、リアを置いて僕一人だけなんて……!」 「もー!」 「!?」 リタが必死に言い返すと、リアはぺちん、とリタの両頬を両手ではたいた。 「お兄ちゃん、普段は家にいてばっかでしょ!? たまには外に出ないと! 後、いい加減私も一人前なんだから! そろそろ妹離れしてよね!」 「え、そ、そんな……」 色んな意味でショックを受けたリタがちらりと宿屋夫婦の方を見ると、二人ともリアと同じ笑顔をしている。 「リタ君、私達ね、正直嬉しいの。だって、一回冒険しただけで、リタ君ったらすっかり『男の子』になってるんだものねぇ」 「え、それって今まで女の子だと思ってたって事ですか!?」 「そーいう事じゃねーよ。まぁなんだ、男として成長して、たくましくなったってこったぁ!」 宿屋の主人がリタの背中を、豪快に笑いながら勢いよく叩いた。思わず前につんのめって転びそうになるリタ。 「ほら、お兄ちゃん! おじさんとおばさんもこう言ってるんだし」 「え、でもだって、本当にいいの……?」 「リアちゃんの事なら私達に任せて、いってらっしゃいな」 「男は旅して大きくなるもんだ」 「リア……。それにおばさん……おじさん……」 リタの家族が、リタを暖かく見つめている。 リタは三人の思いやりに涙が出そうになるのをこらえ、とびっきりの笑顔で言うのだった。 「……はい! いってきます!」 「ねぇ、あなたはこれからどこへ向かうの?」 「わぁ!?」 街道を一人歩いていたティンに、ふいに後ろから声をかける者がいた。 「フ、フロー!? いきなり何なの!?」 「別にいいじゃない。で?」 「……はぁ。メーア、港町メーアに向かう予定。途中、いくつか他の町に滞在しながらね」 もうフローには何を言っても無駄な気がしてきたので、諦めてため息を一つつき、素直に行き先を答える。 それを聞くとフローはにやりと笑い、 「あら、奇遇ね。私も家に帰ろうかと思ったのだけど」 楽しそうに笑った。ティンはその笑顔に何か裏を感じて顔をしかめる。 「何が奇遇……まさか」 「私の家、メーアの外れの辺りにあるの」 「……で? 他人と馴れ合わない主義のフローさんが、まさかあたしと一緒に行くとか言うんじゃありませんよね?」 「あら、駄目かしら」 「えー!?」 悪い予感が当たっちゃったよ、と頭を抱えるティンに対し、フローはどこまでも楽しそうで。 「だって、あなた中々使える盾のようだし」 「誰が盾よ、誰が」 「ほら、私ってか弱い魔法使いだし……」 「嘘付け!」 わざとらしくしおらしい演技をするフローに、全力で突っ込むティン。 しかし再びため息を一つ付くと、 「まぁ、正直フローの魔法は強いしね……。別にいいよ、もう。なんでも」 「最初からそういう風に素直になればいいのよ。じゃ、早く行きましょうか」 (こいつ……) フローを殴りたくなる衝動を必死に押さえつけ、彼女と共に街道を進んで行くのだった。 そうやって、なんだかんだ打ち解けた様子のティンとフローがしばらく進んでいると、また彼女達に声をかける者が。 「……あの!」 二人が振り向くとそこには最近見知った、だけどここにいるはずのない顔があって、二人は驚いて目を見開く。 「僕も、その! 一緒に行きたいんだけど、えっと……いいかな……?」 しばし呆然としていた二人だがすぐに笑顔になり、もう一人の旅の仲間を迎え入れるのだった。 ――彼らの奇妙な縁はこうして結ばれ、そして旅が始まる。 Fin 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 色々と思い入れがある話なのに、書き終えてみたら後書きに何書いていいやらって感じです。 そして話の構造自体はすぱっと決まってたのに、完結するのに何年かかってるんだっていう・・・!(汗) とにもかくにも、リタ・ティン・フローの三人が出会った時のお話です。旅の始まり、ですね。 これから、彼らの旅のお話をたくさん書いてあげられたらいいなぁ。 あ、ちなみにこのパーティのヒロインはもちろんリタです。 BACK MENU |