ティンと同行するようになってから、リタの旅路は劇的な変化を遂げた。 ティンの剣の腕は中々のもので、リタを守りつつ寄ってくるモンスターを一撃で斬り伏せていく。 その間にリタは回復魔法でティンを癒し、少し手ごわいモンスターが現れた時には一緒に攻撃魔法で攻撃する。 前衛と後衛でバランスが取れている上、人当たりの良い二人が打ち解けるのにそう時間はかからず、コンビネーションも中々のようだ。 そんな訳で、モーントの森に着くまでそう時間はかからなかった。 生い茂った緑、時々怪しい色の植物。 しかし木々の間から差し込む柔らかい木漏れ日と、静寂が包み込むその場所は、危険な場所だと一瞬忘れてしまう程、神秘的で美しかった。 「ここが……」 「モーントの森、みたいだね。……『月の雫』は森の奥にある洞窟の、更に奥だっけ?」 「うん……」 「よし、じゃあ気をつけて行こう」 意外と森の中には整備された道の跡が残っており、獣道を進む必要はないようだ。二人は歩き出す。 しかし道は整備されていても、やはり長らく人が寄り付かなかった場所。 たまに道を塞ぐ植物をティンが剣で払いながら、進んでいく。 更にその植物の影から飛び出す、モンスター。 ほとんどが植物の変種で、同じ植物に紛れているとどこにいるか分からない。 それを利用して不意打ちばかりかけてくるのが厄介だったが、ティンはそれすらもなんなく倒していった。 「ティンって、すっごく強いんだね」 モンスターが不意打ちをかけてくる度ワンテンポ反応が遅れてしまうリタは、改めてそんな彼女に感動したらしい。 きらきらした目で、そう言った。 ティンが「ありがと」と言って笑うと、彼は更に続ける。 「それって、誰かに教えてもらったりしたの?」 「剣の事?」 「うん」 「うーん……誰かに習ったような、そうでないような……」 「?」 リタの素直な問いに、何故か曖昧に言葉を濁すティン。そんな彼女の様子にリタが首を傾げれば、 「えーっとね、実はあたし、十二歳までの記憶がなくて」 「えぇっ!?」 彼女はさらりと衝撃の事実を口にした。 リタは口をただぱくぱく動かしているだけで何も言えず、ティンは更に続ける。 「気付いたら孤児院の前に捨てられてて。何も覚えてなくて。 でも、ある日男の子達が木の枝でチャンバラごっこやってるの見て、何故か自然と体が動いたって言うか……。 多分記憶がなくなる前のあたしが剣をやってて、それだけは体が覚えてたんだと思う」 「そうなんだ……」 さらりとそんな事を語るティンに、リタは聞いてはいけない事を聞いてしまったのだろうかと後悔した。 しかし俯いたリタを見て、ティンは、 「あ、別にそんな暗くなることないよ! 記憶がなくたってさ、剣の事は体が覚えてた訳だし、逆に色んなものが新鮮に見えるって言うか。 別に記憶がなくて……まぁ、ちょっとは困ったけど。でも、死ぬほど困った事とかはないし」 少しも表情を曇らせず、笑顔でそう言った。 もしかしたらこちらに気を遣ってくれたのだろうか、とリタは更に落ち込むが、しかしそんな事ばかり考えていても、また気を遣われてしまう。 そんな事を繰り返しても泥沼状態になるだけだし、きっとティンの表情からして、本当に今の人生を楽しんでいるのだろう。 そう思ってリタは、 (剣の腕だけじゃなくて、きっと心も強い人なんだ) 顔を上げた。 「ねぇ、ティンが旅してるのってその、やっぱり記憶を取り戻す為?」 「いやー、それはあんまりないかなー。今の環境で十分だし……うわっ」 と、会話を続けながら歩いていた二人の前に、再び道を塞ぐ植物があった。 しかし思わずティンが声を上げたそれは、今までのものとは比べ物にならないくらい、びっしりと蔓が絡み合っていた。 少し剣で払ったくらいでは、道を空けてくれないだろう。 「うーん……こりゃすごいね……」 「……ティン、またお願いしていい……?」 「いいけど、今回のはちょっと時間がかかるかも。 まぁでも、片っ端から切っていけばその内穴くらい開くでしょ」 そう言いながらティンは剣を構え、勢いを付けて蔓の壁に斬りかかる。 密集していても、所詮は植物。刃物に切られてはどうしようもない。 二人とも、そう思っていた。が、 「……え?」 穴が開いた部分を埋めるように、蔓が再び伸びてきたのだ。 そしてあっという間に穴は塞がってしまった。 それは何回試してみても結果は同じで、二人は次第に焦り始める。 「どうしよう……このままじゃ……」 「うーん……切っても駄目なら……リタの魔法で攻撃してみるとか?」 「わ、わかった。やってみる」 今度はリタが杖を構え、呪文を唱えた。 すると杖から光の球が飛んでいき、蔓の壁に真っ直ぐ当たる。 しかしやはり結果は同じ、と言うよりむしろ光を浴びて活性化するタイプだったらしく、蔓達は先程よりせわしなく蠢き始めた。 「う、うわわわ! ご、ごめん! あたしが余計な事言ったから……!」 「ううん、だってどちらにしろ他の方法なんてなかったし……。で、でもどうすれば……」 二人はすっかり途方にくれた。もう、目の前の蠢く蔓の群れをただ見つめるしかなかった。 他の道を探すしかないのだろうか。 二人がそう思った時、 「そこ、どいてちょうだい」 「へ?」 静かだった場に、凛とした声が響いた。 二人が声のした方を振り向いた瞬間、ティンは何かを感じたのか、ほとんど反射的にリタの手を強く引っぱり、引き寄せる。 その一秒後にはリタのいた所を巨大な火の球が通過し、炎が蔓の壁を呑み込み、そして。 「燃え、た……?」 そう、あれほどしぶとかった蔓達は跡形もなく燃え、そこにはただ奥へと続く道があるだけだった。 二人はしばらくただ呆然とするしかなかった。 一瞬にしてあんなに手強いと見えた蔓の壁が消えたのもあるが、それを消した主の姿には、更に驚いていた。 歳は、十二歳程だろうか。 白い肌によく映える、真っ赤な瞳。 高い位置で二つに結んだ金色の髪は、風を受けて揺れる度に光を振りまいているかのようだ。 そして深い紫色のワンピースとブーツが、彼女の持つ妖艶な美しさを引き立ててている。 反対に、髪を結った青いリボンと、肩からかけている兎のポシェットが、歳相応の愛らしさを引き立てている。 だがそれらはどちらも殺しあう事なく、彼女の魅力を最大限に引き立てていた。 女の美しさと、子供の愛らしさを持ち合わせている、不思議な少女だった。 ただ黙って彼女を見ていた二人をよそに、何事もなかったのように新しく出来た道を通ろうとする少女。 そして二人の脇を横切ろうとした時、ようやく現実に引き戻されたティンが、 「ちょっ……ちょっと!」 「……何?」 「いきなり危ないじゃん! 下手したらもう少しでリタが燃やされてたんだけど!?」 先程の蔓を燃やし尽くす程の火力を思い出し、慌てて少女に抗議した。 「だから、忠告はしたじゃない。それに結局そこの彼は今、燃えてないわよ」 しかし少女は至って冷静で、それが更にティンの怒りを買う。 「ちょっと! その言い方は……!」 「ま、まぁまぁ、ティン! 落ち着いて! ティンが助けてくれたおかげで実際僕は生きてるんだし……あ、そういえばありがとう! ……じゃなくてえっと、それにむしろあの蔓を燃やしてもらえて助かったでしょ?」 だが今にも少女に切りかかりそうになるティンを、その当事者のリタが宥める。彼は争いを好まない性格らしい。 それには少しはティンも耳を貸し、平静心を取り戻した。 「うー……まぁ、リタがそう言うなら……。実際蔓を燃やしてくれて助かったのはあるし……」 「なら、そういう事で」 そしてその隙に、少女はさっさと奥へと進んで行ってしまったのだった。 ティンはまだ言い足りないようだったが、諦めてリタの方を向き直る。 「……まぁいいや、あたし達も先に進もうか」 「うん」 蔓の燃えカスを踏みしめながら、二人も奥へと進んで行く。 しかしそこでリタは、ある事に気付いた。 (さっきの子……「そこの彼」って……僕の事男だって分かってくれた!) ……少しだけ、(人生の)希望が見えたリタなのだった。 「……で? 私にまだ何か御用かしら?」 そして数分後。何故か少女の横を歩く二人の姿。 「ストーカーは立派な犯罪よ」 「いやいやいや! 道が一本しかないから、必然的にこうなるだけだからね!」 それもそのはず、ティンの言うとおり、奥へと向かう道は今のところ一本しかない訳で。 この少女も奥を目指すなら、こうなるしかない訳で。 「……まぁいいけど。でも言っておくけど、『月の雫』は渡さないから」 「……え?」 しかし少女は相変わらずの無表情で、それについてはあっさり流し、そう言っただけだった。 一方二人は、少女の口から出た意外な単語に驚く。 それに気付いたのか、少女は、 「……何マヌケな 淡々とそう続けた。 二人は反射的に顔を見合わせる。リタはなんとも言えない表情をしていた。 そんなリタに代わって、ティンが、 「……ねぇ、あのさ、こんな事会ったばかりの君に頼むのも図々しいんだけど……今回は譲ってくれないかな」 手を合わせて少女に軽く頭を下げる。 リタも、 「お、お願いします! い、妹の命がかかってるんです……!」 と、深く頭を下げた。 だが少女は、 「悪いけど、お断りね」 あっさりと二人の懇願を一蹴したのだった。 「そりゃ、いきなりこんな事言って悪いとは思ってるけど……! でも、こっちには人の命が……!」 「そんなの知らないわよ」 「なっ……!」 必死に説明を続けたティンだが、少女は相変わらず態度を変えない。 あくまでドライな少女にティンが更に抗議しようとすると、 「あなた達、今『月の雫』にいくらの値段が付いてるか知ってる?」 しかしその前に少女が口を開き、そんな事を二人に聞いた。 「あ、えっと、ものすごい値段が付いてるのは知ってますけど……」 「そういう事よ。こっちだって生活がかかってるんだから」 「でも……」 「しつこいわよ。この話はもう終わり。そんなに欲しいなら、私より先に『月の雫』を手に入れればいいじゃない? ……まぁ、無理でしょうけど」 少女はそう言い残すと、二人を振り切るようにスタスタと歩いて行った。 二人はしばらくなんとも言えない表情をして立ち止まっていたが、すぐに我に返り再び歩き出す。 しかし少女はどんどん先に進んで行ってしまい、どんどん姿が小さくなり、ついには見えなくなってしまった。 「……可愛くない!」 少女が見えなくなってから、ティンは唇をとがらせ、抑えきれない少女への文句を口にした。 「え、僕はすっごく綺麗で可愛い子だなぁって思ったけど……」 「外見じゃなくて! 中身が!」 首をかしげながらそう返したリタに、ティンが突っ込み半分少女への怒り半分で返す。 「生活費稼ぐくらいなら、普通の仕事でもすりゃいいじゃん!」 「でも、僕みたいに何か理由があるのかもしれないし……」 「あったとしても、あの態度は酷いでしょ!」 すっかりカンカンに怒っているティンに、リタはもう返す言葉がなく、ただおろおろするばかりだった。 「……リタはあんな事言われて、なんとも思わないの?」 ふと、当事者のリタの冷静さに、彼女も少し我に帰る。 しかし若干怒りの収まっていない様子で、リタにそう聞いた。 「え? ……だって、その、あの子の言ってる事は、本当だと思うし……。誰の物でもない物は、普通早い者勝ちだし……。 あ、『月の雫』は本当に欲しいから、あの子に先を越されたら困るのも本当なんだけど! ……うーんと、だから、なんていうか」 するとリタは弱々しくもはっきりそう答え、だが後半自分でも何を言っているのか分からなくなり、やっぱり一人おろおろするのだった。 そんなリタに、ティンは完全に怒る気も失せたようで、 「……リタってなんて言うか……。優しい、悪く言えば甘い。 かと思えば結構冷静だったり、でもやっぱり天然っぽいって言うか……」 今度はリタ個人への疑問を不思議そうな表情で呟いた。 リタ自身も不思議そうな表情で「え?」と呟く。 「でも、なんだろう。リタのそういうとこ、なんだか嫌いになれないんだよね」 「え、え、え?」 「今は妹さんの事があるからアレだけど、これが普通の冒険だったら、きっと楽しいんだろうなぁって思うよ」 そう言って笑うティンに、リタは顔が熱くなるのを感じた。白い肌に、真っ赤になった頬が目立つ。 リタも素直に他人への褒め言葉を口にするタイプだが、逆に自分が言われるとやっぱり照れてしまうようで。 返す言葉を探していると、ふいにティンが前方に何かを見つけたようで、指を指して「あ」と呟いた。 「うわ、大丈夫かな、アレ。……でも、あれしか道はなさそうだし……」 その指差した先には、向こう側とこちら側とを繋ぐ吊り橋。 しかし幅が人一人やっと通れるくらいな上、所々老朽化が進み今にも壊れてしまいそうである。 橋のかなり下には川が激しい勢いで流れており、更にこの橋を渡る際の不安を煽る。 「……行くしかないか。行こう、リタ」 「あ、う、うん!」 それでも向こう側へ行くにはこの今日を渡るしかない。二人は慎重に、慎重に橋を渡って行く。 途中リタがふらついて転びかけたが、ティンが慌てて手を引いたおかげで事なきを得た。 ……その時のリタの顔は落ちかけて青ざめていた、というより、むしろ赤かった訳だが。 そうやって無事に吊り橋を渡り終えた二人の前方に、一筋の希望が見えた。 「あ、あれ! もしかして、あれが……!」 「月の雫が生えてる洞窟!」 そう、前方に見えたのは、大きな大きな洞窟らしきもの。 二人は今までの疲れも忘れ、洞窟のある方へと駆け出した。 NEXT BACK |